敵対行動がとられている時に自衛隊が機雷除去に行けば、当然敵からの攻撃の対象になり、好むと好まざるとにかかわらず自衛隊は参戦していくことになる。確かにホルムズ海峡の封鎖によって日本経済が被る被害は大きいことは想像に難くないし、日本自身も何らかの形で行動するべきなのだろう。

 しかしながら、このような形の集団的自衛権の行使を認めていくということになると、政府が存立危機事態であると判断しさえすれば、ほとんどのケースにおいて、憲法改正を待つまでもなく集団的自衛権の行使としての自衛隊の派遣が可能となるのではないかという議論が出てくるだろう。これは法治国家としての日本がとるべき行動であろうか。

安保法制の改革は合理的だが
憲法との整合性ある歯止めが必須

 確かに、集団的自衛権の行使が認められなければならない場合も存在する。例えば北朝鮮有事である。北朝鮮が38度線を越え、米韓が北朝鮮と戦火を交えているような場合、当然米国は日本と事前協議の上、日本の基地から在日米軍を戦闘作戦行動に従事させているはずである。

 その様な状況において日本に戦火が及んでくるのは自明であろう。にもかかわらず、日本への攻撃が行われない限り自衛隊は武力行使を行えないと考えるのは、自国の存立より憲法解釈を優先することになる。

 このような事態を存立危機事態として自衛隊が集団的自衛権を行使するのは、憲法9条の趣旨に反する訳ではなかろう。またこのような場合に集団的自衛権を行使できることになっていれば、平時において米国との危機管理計画の策定も一層容易になり、そのような作戦計画の存在が抑止力として戦乱を抑止する効果を持つのである。

 後方支援活動の一般法化、PKO活動の制約の緩和等、今回の安保法制の改革は日本の安全担保のみならず、国際協力として合理的な動きである。しかし憲法との整合性をきっちり図る制約を設けないと日本は信頼されない。