今回は、働くことの厳しさ、尊さ、空しさを学ばさせてくれる、庶民の生活の1コマを取り上げたい。エピソードの主役は、筆者が暮らす地域の住民たちの間で、ちょっとした話題になっている「2人の男性」である。「黒い職場」という連載の枠組みに収まらないテーマにはなるが、本連載の趣旨である「働くことのホンネとタテマエ」を考える上で参考になると思う。
仕事において、挨拶は基本中の基本である。「おはようございます」という気持ちのよい挨拶1つで、相手に好印象を与え、ビジネスがうまくいくことだってあるだろう。今回紹介する2人の男性は、周囲への挨拶を大切にすることは同じでも、その暮らしぶりに「恐ろしいほどの格差」がある。
1人は、毎日「おはようございます」という挨拶をするだけで、なぜか数千万円もの収入を得る男性だ。彼は会社員でもなければ、会社を経営するわけでもない。自営業でもない。一方で、定年までまじめに働きながら、その後も雨の日も風の日も、ひたすら「おはようございます」と周囲に声をかけ、1円も得ることができない男性がいる。この状況はいったいなぜなのか。この両極端とも言える2人の男性を取り上げることで、日本社会の暗部を炙り出したい。
住人への挨拶だけで年収7200万円?
女性に鼻の下を伸ばすオーナーの息子
午前7時50分、あの男が立った。雨の日も風の日も、雪が降る日も、男はここに立つ。この近辺においてはもはや“名物”となっている。
そこは、12階建ての賃貸マンションの入口付近。すぐ前には、8台の自動販売機が並ぶ。男は缶コーヒーを買い、右手に持ち、時折口にしつつ、じっと身構える。背は170センチほど。体重は、100キロ近い。顔は、30代後半とは思えぬほどに童顔である。
しばらくすると、マンションの住人たちが出てくる。会社に向かうのだろう。男は、それぞれの住人に声をかける。
「おはようございます……」
低く太い声に反応する人は、ほとんどいない。だが、しつこく声をかける。特に20~30代半ばくらいまでの女性が前を走り抜けるときには、体をやや前にかがめて声を絞り出す。女性の香水の臭いを嗅ぐかのように、そばに寄る。
「おはようございます……」
男には、意中の女性がいる。どこの部屋に住んでいるかは不明だが、20代後半の女性が前を通るときには、目線を落としつつその姿にじっと見入る。