この連載では、職場に潜むホンネとタテマエの狭間でもがく人々の姿を紹介してきた。労働の現場は、働く人々の失意とため息で溢れかえっている。しかし中には、そんな苦境をものともせず、どん底から自力で這い上がってくる強者もいる。

 今回はそんな人たちの1人で、年収260万円の警備員から今や数億円の資産家になった、30代前半の男性を紹介しよう。職を転々として悲惨に見える人生を送りながらも、その実、メディアや有識者が唱えるような「弱者」ではない。むしろ相当に図太く、したたかな男だ。そんな男の素顔を炙り出すことで、「格差社会」にまつわる固定観念を覆したい。


僕は何故こんなことをしてるんだ?
職を転々とする年収260万円の警備員

一度格差社会の底辺に落ち込んだ人間が、這い上がることは難しい――。それは固定観念に過ぎないのかもしれない。年収260万円の警備員から億万長者に成り上がった「伝説の男」を紹介しよう

 2011年の夏、都内西部の郵便局。それは小雨が降る日だった。

 通りを隔てたすぐ前にはパチンコ店がある。そこに出入りする人を、警備員の野村(33歳)は立ったままぼっーと見入っていた。無表情で、まるでろう人形のようだ。

 しばらくすると、局の入口付近にあるキャッシュディスペンサーのコーナーに人がごった返し始めた。180センチ近い長身の野村は前かがみになり、小走りで近寄り、10人近い人たちを列に並べる。慣れた手つきで客を動かす。そして、また元の場所に戻り、パチンコ店を立ったまま見入る。

 郵便局はこのあたりでは大きな局であり、人の出入りが激しい。野村が勤務する警備会社が、この局の周辺を警備するという仕事を数年前に請け負った。野村は入社3年目。本人いわく「正社員だと思うけど、正確にはわからない」。会社からの説明は曖昧だったようだ。

 10年近く前、都内の中堅私立大学を卒業した。キャリアは、「年を追うごとにダウンしている」と本人も自認している。野村は1~2年ごとに職場を変えてきた。介護機器の販売会社、特別養護老人ホームの職員、医療系出版社の総務部社員、介護関連のNPO職員、図書館の清掃や郵便局でのアルバイト、そして広告代理店での営業と、あらゆる職業に携わり、このときが警備員だった。この約10年間の年収を見ると、多いときで360万円ほど。それが職を変える度に徐々に減り続け、2011年には260万円前後まで落ち込んでいた。

「中堅の私立大学を卒業したくらいでは、いったん軌道から外れると、“大卒”としては認められない。新卒のときから、就職には苦戦した」と野村は語る。