Jロックの革命児が放つ
文学的かつ哲学的な楽曲

◆椎名林檎 “茜さす 帰路照らされど…”

 そもそも歌は、哲学でもなければ文学でもありません。“歌は歌”です。等身大の自分を歌うのです。3分間の曲中に存在する小さな物語が、愛や嫉妬や失恋、希望や失望、諦観や悟りを伝えます。そこに多くの人が共感し、世界中で無数の歌が生まれては消え、また生まれてきました。

 考えてみれば、歌とは言葉が旋律に乗ることで生まれます。歌になることで、言葉が日常的な意味を超え得る魔法のチカラを獲得します。そこが歌の不思議です。

 そんな歌の世界に、時として革命児が登場し、歌をより高次元へ昇華させていきます。

 例えば、椎名林檎。

 1999年のデビュー盤「無罪モラトリアム」(写真)は衝撃的でした。21世紀前夜にして、遂に日本にも他の誰にも似ていない、オリジナルなロックが誕生したのです。創造的な破壊と言うべき音楽です。そんな林檎の楽曲には、4つの斬新な特徴があります。

(1)サウンドは、米国西海岸発のグランジロックの如き、雑音と楽音の境界をいくものです。
(2)旋律は、非常に独特。奇妙なメロディーラインが、変拍子的なリズムに乗り、ある瞬間ポップな装いを纏います。そのとき、猛烈な快感が宿ります。
(3)歌詞に出てくる言葉の選択がまた革命的です。
(4)それを唄う林檎の声は、彼女以外には無い声です。

 この4つが、同時に存在する時に生まれる林檎ミュージックは、音楽が時に文学的かつ哲学的になり得ることを証明しています。

「無罪モラトリアム」収録の“茜さす 帰路照らされど…”は、夏の夕刻のちょっと切ない時間帯を、絶妙に描いています。冒頭の、ややジャズ的なピアノの和音が印象的です。歌詞については、アイルランドの歌姫・ビョークをイメージさせる素敵なものです。

 “何も確かなものがない、と感じる自分こそが最も確かなもので、その自分が音楽を聴き、明日に思いを馳せる。それって青春のことでしょ?”と、この歌の主人公に声をかけたくなりませんか?

 夏にぴったりの邦楽は、まだまだ沢山あります。やはり、夏っていいものですね。

(音楽愛好家・小栗勘太郎)