凄腕専務の退社で暗転
徐々に悪化した会社の雰囲気

 その甲斐あって、再び社員の間には連帯感が生まれ、文字通り「全社一丸」となって事業に邁進することができた。当然、業績はさらに伸び続けた。社長はアイデアが泉のように湧き、さまざまな技術革新を試していた。それらの中には、かなり高いスキルを要するものもあったが、古参の社員は十分に技術習得しており、将来は明るいように思えた。

 そんな組織が崩壊するきっかけは、上記の専務の退社だった。海外の研究機関から引き抜きがあったのだ。彼は愛着ある会社を離れることに最初は躊躇していた。しかし、30代前半だった彼は、年齢的に海外でやれるぎりぎりだったことや、カリスマ社長の下に長らくいたため、自分自身の実力を試してみたかったこともあり、悩んだ末に退社することにした。

 退社が決まった後、彼は特に親しくしていた役員2人と話をした。2人とも創業期からのメンバーで、自分と年齢も同じくらいだ。1人は女性で開発部門のトップ、もう1人の男性は人事部門のトップだった。彼はこの2人に、一般社員からの「聞き取り」の重要性を説き、その継続をお願いした。このころ、この会社では、360度評価などのフォーマルな人事評価システムをまだ取り入れられておらず、基本的には、直属の上司と役員らによって評価が行われていた。こういう状況では、社員が組織に対してどう思っているのかを常に見ておく必要がある。彼は2人の後輩にそれを託したのだ。

 その彼が海外に移ってから1年後、悪い知らせは取引先の女性社長から来た。「最近、あなたの前の会社、業績が少し鈍っているようね。どうも社長と社員たちとの間に距離がありすぎて、社長が末端のことまで分かっていないようよ」

 そんな内容のメールをもらった後、彼はすぐに日本に電話して、後を託した2人に問い合わせた。女性役員の彼女から、「大丈夫ですよ。きちんと社員のことは気配りしてますし、社長との関係も良好です」との返事が返ってきた。

 しかし、もう1人の男性役員に電話すると、冴えない返事が返ってきた。「そうかもしれませんね。実は僕は、あの後社長とちょっとやりあって、配置換えがあったんです。別に役職が変わったわけではないのだけど、建物が本社からちょっと離れた別のビルになって、フォーマルな会議の時以外、あまり本社ビルに顔を出さなくなってしまったんです。それだけならいいんですが最近、僕のいるビルで仕事をさせて欲しいと言ってくる社員がいたり、本社の食堂で食べずに、わざわざこちらまで来て昼食を食べたがる社員がでていて、本社の雰囲気を良く思っていない社員がいるようです。彼らについては、僕もそれとなく聞き出している最中なので少しお待ちください」というものだった。