午後4時台に帰宅するのが普通の国がある。長時間労働に追われていた新聞記者の著者が、39歳で移住したデンマークで目にしたのは、夕方の早すぎる帰宅ラッシュだった。短時間労働にもかかわらず、デンマークの一人当たりGDPは日本の約2倍、IMD世界競争力ランキングでも常に上位に名を連ねる。この「短時間労働なのに、しっかりと強い経済力」という一見矛盾した世界の謎を追い続けてきたのが、新刊『第3の時間――デンマークで学んだ、短く働き、人生を豊かに変える時間術』の著者・井上陽子さんだ。本記事では、デンマークで働く井上さんに話を聞き、その独特な労働観に迫る。(取材・構成/ダイヤモンド社書籍編集局)

2ヵ月ごとに1週間以上の休暇をとるデンマーク。移住して驚いた、日本とはあまりに違う労働観写真:井上陽子

2ヵ月に1回は、1週間以上のまとまった休暇がある

――デンマークの休暇制度には、どのような特徴があるのでしょうか。

井上陽子(以下、井上):年次休暇は、法律で5週間と定められています。これに加え、多くの企業が1週間の休暇を上乗せするため、年間で5~6週間の休みが一般的です。たいていの人が、年次休暇を100%消化します。休暇のなかでも夏休みが最も長く、3週間ほど連続で休む人が多いです。だから、7月にデンマークを訪れると、街は「もぬけの殻」になります。

――夏休みのほかにはどのようなタイミングで休むのですか。

井上:わが家もそうなのですが、子どもがいる家庭では、保育園や学校の休暇に合わせて親も休む、というのが一般的です。最初は休みが多いことに驚きました。

 2月の冬休み、4月のイースター休暇、5月から6月にかけてキリスト教系の休みが続き、6月末から8月上旬までが夏休み。さらに10月の秋休み、12月のクリスマス休暇……。だいたい2ヵ​月に1回、1週間以上のまとまった休暇がやってくるんです

 日本で働いていた頃、勤続10年で10日間のリフレッシュ休暇をもらえましたが、「次は10年後か……」と遠い目をしていたのが、はるか昔の記憶です。まさか、「休みが多すぎる」という悩みを持つ日が来るとは思いませんでした。

「子どもにとって、保育園に通うことは仕事」

――それだけ休みが多いと、仕事への影響を心配してしまいそうです。

井上:そうですよね。私も移住して間もない頃、この国の働き方に慣れず、「また休み? これじゃ全然仕事が進まない」と戸惑いました。特に印象的だったのは、子どもが通っていた保育園の先生から言われた言葉です。

 10月の秋休み前のことでした。私は「夏に休んだばかりだし、仕事も溜まっているから」と、秋休み中も子どもを園に預けて働こうと考えたんです。デンマークでも、秋休みに休めない事情がある家庭向けに、子どもを預けるという選択肢は用意されています。でも、園の先生にその希望を伝えると、「考え直してください」と諭されました。

――先生から反対されたのですか?

井上:はい。先生はこう仰ったんです。「子どもにとって、保育園に通うことは、仕事と同じです。大人が職場で働くのと同じように、気を張って過ごす場所。休みを取らせずに働かせ続けたら、子どもだって疲れ果ててしまいます」と。

 ちなみに、デンマークには延長保育がないので、子どもが夜まで園にいることもありません。お迎えのピークは15時半から16時ごろ。親たちはその時間に間に合わせるため、早い時間に退勤します。

2ヵ月ごとに1週間以上の休暇をとるデンマーク。移住して驚いた、日本とはあまりに違う労働観井上陽子(いのうえ・ようこ)
ジャーナリスト、コミュニケーション・アドバイザー
筑波大学国際関係学類卒業後、読売新聞社に記者として入社。社会部で国土交通省、環境省などを担当したのち、ワシントン支局で特派員を務める。読売新聞在職中に、ハーバード大学ケネディ行政大学院修了。2015年、妊娠を機に夫の母国であるデンマークに移住。ビジネス・インサイダーなどメディアへの執筆のほか、デンマークの経済社会や働き方に関する講演、日本とのビジネスに取り組むデンマーク企業などのサポートも行っている。共著に「『稼ぐ小国』の戦略 世界で沈む日本が成功した6つの国に学べること」(光文社新書)。

デンマークの小学校は宿題なし、テストなし

――教育の現場から、すでに「働き方」の価値観が作られているのですね。

井上:デンマーク人にとっては、子どもの頃からこれが当たり前なので、大人になっても「長時間働く」という発想が、そもそも生まれないのでしょう。

 日本では、長時間頑張る子どもが評価されやすい面がありますよね。日本とデンマークを比べると、幼少期からの教育が、大人になってからの労働観にも大きな影響を与えていると感じます。

――デンマークの「宿題」事情はいかがですか?

井上:そこも驚くポイントです。宿題は、普段からほとんどありません。約1ヵ月半ある夏休みでさえ、宿題はゼロです。ちなみに、テストもないし、成績も中学生になるまでつけません。

 わが家の子どもは、日本語を学ぶ補習校に通っているので、そこからは宿題がたくさん出ます。日本の小学生が学校や塾で学んでいる量と比べれば、それでも少ないとは思います。でも、夏休みや冬休みに宿題が出ると知ったデンマーク人の夫は、「宿題があったら、せっかくの休暇なのに休めないじゃないか」と、結構本気で憤慨するんですよね。