「まさに生命保険自体を扱ったもので、セールスマンの勧誘、教育の問題、約款、募集3ヵ年計画、そして融資の問題および社内における会長派と社長派の争いと、幅広く、詳細に述べており、生保に関しては本格的作品といえる」

殺した会長からのほめ言葉

 夏樹自身は福岡市郊外の自宅で次のように語った。

「私の小説で、あれほどパチーンと反応の返って来たのはなかった。最初に連載した『オール読物』の昭和52年8月号と9月号を、生保会社でたくさん買って、おばちゃんたちがボロボロになるまでまわし読みしたと聞いて、本当に嬉しかった。雑誌が非常に売れたので、本になったらさらに売れるだろうと思ったら、それほどでもなかったですけれどもね」

 夏樹は、小説の中の国民生命保険を、相互会社にするか、株式会社にするか、最後まで迷った。結局、会長と社長が対立して、お互いに株を買い集めるという設定のために株式会社にした。

 住友生命が戦後、財閥名を使えなくなった時に国民生命と名のっていたからといって、住友生命がモデルではない。会社にも人物にもモデルはないのである。

 ただ、「濠会長」が殺される場面では、取材に応じてくれたある生保の会長室を使わせてもらった。巨大な本社ビルの最上階にある会長室を訪ねたことなど、夏樹はまったくなかったからである。

 その結果、小説の中とはいえ、その「会長」を殺してしまうようなことになってしまった。内心、忸怩としながら、夏樹は掲載誌を送ることができなかった。しかし、意を決して、単行本になった時に送った。

 それを読んだ会長が、「とってもよく書けてるよ」と言ったと聞いて、夏樹はホッとした。

 生保は、福沢諭吉が『西洋旅行案内』の中で「人の生涯請合」として紹介したことによって日本に入ってきたが、まさしく、人の死を媒介とした「遠い約束」である。

 この見事な題名を夏樹は新幹線の中で思いついた。「いのちの値段」というのも考えたが、ふわっとリリックな名前で、実は企業小説というのが粋なんじゃないか、と思ったのである。

 歌人の塚本邦雄に「はつなつのゆふべひたひを光らせて保険屋が遠き死を売りに来る」という歌がある。

 夏樹が亡くなった後、テレビで彼女の作品の「検事 霞夕子」を再演していた。夕子役は鷲尾いさ子である。