「残念ながら日本企業からの出張者にとって、アメリカの有名IT企業やスタートアップへの訪問は、面白いが文化が違い過ぎて、ただの表敬訪問で終わることが多いようです。一方、ドイツと日本は人口・面積・GDP・歴史的背景や、エンジニアリング気質といった国民性も似ており、両国が抱えるエネルギーと労働力の二大制約も全く同じ。その伝統的なドイツ企業がデザイン・シンキングと出会って自ら変革し、最大のアウトサイダーとしてシリコンバレーで戦ってきた道のりが日本企業にとって非常に参考になると言われます」

 しかし、すべてのドイツ企業がこうしたシリコンバレー流の導入に成功しているわけではない。むしろ、一般的に固く堅実な印象のドイツには、シリコンバレーの気質が社風になじまない場合も多いと聞く。そのため、ドイツ政府は独自のイノベーション施策として、同国内でリサーチ・キャンパス1)という新たな取り組みをはじめている。シリコンバレーと対照的なこの取り組みについても、あわせて紹介したい。

シリコンバレーとは対照的な
ドイツの長期的イノベーション施策

 シリコンバレーのエコシステムは圧倒的なスピードで短期間での成長を主軸としているのに対して、リサーチ・キャンパスは長期間のオープン・イノベーション・プログラムだ。ハイテク分野における高度なテクノロジー・イノベーションを対象にした、ドイツ国内の新しいイノベーション施策のひとつでもある。デジタル社会、持続可能な経済・エネルギー、イノベーティブな働き方、健康、次世代自動車、都市の安全などの分野に対し、9つのキャンパスが官民のパートナーシップのもと設立されている。

 それぞれのリサーチ・キャンパスは民間企業および研究機関により設立され、イノベーションを目指して企業や大学が共同で研究開発を行う。多様な企業や関係機関がひとつの建物に同居し共同で研究開発を行う、かつてない規模のプロジェクトとなっている。

 運営の特徴は、政府がコミットする長期的なリーダーシップと、民間が主導する自由度の高いプログラムの推進である。ドイツ政府として長期的に対象分野の産業を育成することを掲げ、それを民間との協力のもと実現しようとしている。

 その中のひとつとして、次世代自動車およびその製造に関する分野ではARENA2036(Active Research Environment for Next Generation of Automobiles)2)が立ち上げられた。自動車の誕生から150周年に当たる節目の年である2036年を目標期間とし、それに向けて、メルセデス・ベンツのSクラスへと投入していく新たな技術開発を行っていく。具体的には、新素材による車体軽量化や、フレキシブルな製造システムの開発などを目指すことが提案されている。

 企業にとってリサーチ・キャンパスへ参加するメリットのひとつは、研究開発のコラボレーションによる新たな価値の創出である。学際的な分野での研究開発、機能の統合による従来なかったような価値を提供するソリューションの開発、さらには異なる産業間での連携が行われ、そのやり方を文化として育てていく。また、多様な専門家によるレビューもメリットのひとつである。レビューの場は、同時に政府とのコミュニケーションを図り、規制を先駆けて改変していくことにも役立っている。しかし、外から見える枠組み以外にも、重要なことがあるという。