習近平国家主席Photo:Reuters

 【北京】これまでに世界で630人の死者と3万1000人超の感染者を出している新型コロナウイルス(数字は記事執筆時点のもの)。中国の習近平国家主席は新型ウイルスの発生を受け、巨大な国家組織を動員した。

 政府は複数の都市を丸ごと隔離したり、数日で病院を建設したり、軍の医師や共産党員を前線に派遣したりするなど、習主席が軍事作戦になぞらえる大規模な対策を行っている。

 こうした対策は新型ウイルスを克服するためだが、狙いはもう一つある。第2の戦線、つまり習氏が2012年に権力を掌握してから最も激しい国民の怒りとの戦いで勝利することである。

 習主席は先週、新型ウイルスに対する「人民戦争」を公に宣言し、政府の命令に従わない者を処罰する方針を示した。7日のトランプ米大統領との電話会談でも同じメッセージを繰り返し、勝利を確信していると述べた。

 習主席は政府の対策をめぐる国民の怒りやいら立ちにも直面している。7日には新型ウイルスの発生に早い時期に警鐘を鳴らそうとして処罰された若い医師、李文亮氏が同ウイルスに感染して死亡し、国民の怒りは一気に高まった。

 感染者が集中する湖北省では約6000万人が隔離状態に置かれている。病院は人であふれかえり、医療用品も食料も不足している。

 国民の怒りの大半は新型ウイルスの発生を隠そうとした地元当局に向けられているが、習氏がこの7年間に実現した検閲と、柔軟性に欠ける中央集権体制にも多くの人が怒りを注いでいる。

 「ただの公衆衛生上の危機ではない。(習主席は)国内の政治危機に対処しているように見える」。カリフォルニア大学バークレー校で中国のインターネットを研究するシャオ・チアン氏はそう話す。中国政府の広報部門にコメントを求めたが直ちに回答を得ることはできなかった。

 習氏は経済の減速や米国との貿易戦争、香港民主化デモへの対応をめぐって国内の政治・経済のエリート層の一部から既に批判を受けていた。習氏は責任の多くは敵対する外国勢力にあるとして、国民の支持を集めようとしている。

 新型ウイルスはそれらとは異なる。多くの国民は新型ウイルスの脅威を直接感じており、事態は悪化している。この危機的状況は、習氏が世界に対して一つのモデルとして擁護する権威主義体制のみならず、習氏の強力な指導力を支える中核部分を直撃するまでに発展している。

 政府の検閲担当者は政府への反発を抑えようとしている。新型ウイルスが迅速に終息すれば政治への影響は限定的にとどまるだろうが、感染は依然として拡大しており、期限に縛られず権力の座にとどまるという習主席の計画が危うくなっている。中国共産党への国民の支持が大きく下がる恐れもある。

 「(習主席を)とりまく神話が崩れた」。精華大学(北京)の許章潤教授は7日のインタビューで話した。

 「人民戦争」という表現は毛沢東主席が全国民を動員するための軍事戦略を表すのに使ったのが最初だ。自らを毛主席以来の中国最強の指導者として描いてきた習主席は毛時代のイメージと表現の多くを復活させている。