「なぜ、日本ではユニコーン企業がなかなか出てこないのか?」。この疑問への1つの回答となるのが田所雅之氏の『起業大全―スタートアップを科学する9つのフレームワーク』(ダイヤモンド社)だ。ユニコーンとは、単に評価額1000億円以上の未上場スタートアップではなく、「産業を生み出し、明日の世界を創造する担い手」となる企業のことだ。スタートアップが成功してユニコーンに成長するためには、経営陣が全てのカギを握っている。事業をさらに大きくするためには、「起業家」から「事業家」へと、自らを進化させる必要がある、というのが田所氏のメッセージ。同書のエッセンスを抜粋してお届けしてきた本連載。特別編として、日本のスタートアップがさらに今後、活性化していくために必要な視点や条件などについて、田所氏の書下ろし記事の第7回をお届けする。

スタートアップが独自の価値を発揮するために欠かせない、ミッション、ビジョン、バリューとはPhoto: Adobe Stock

ミッション、ビジョン、バリューとHR(人的資源管理)は、
表裏一体

起業大全』の第1章で書いた、ミッション、ビジョン、バリューとHR(人的資源管理)は、表裏一体なところがあります。結論的にいうと、誰をバスに乗せるのかというポリシーがきちんと言語化できている会社は強いと断言できます。

 では、その基準とポリシーは何かというと、大きくカルチャーフィット(企業文化に適合する)スキルフィット(必要なスキルを持っている)の2つありますが、特に重要なのがカルチャーフィットです。自分たちの企業は、どういうカルチャーを持つ人を入れたいのか、そこをきちんと言語化するのが大前提です。

 さらにカルチャーでいうと、自分たちの信じている世界観であったりビジョンを、きちんと言語化して、そこの部分を魅力的に伝えられているかも重要です。それも会社の魅力だけじゃなくて、産業の魅力も含めて言えればなおいいです。

 例えば、いま話題のWeb3というものを一つの産業として捉えたときに、そこに対してファウンダー(創業者)として経営資源を突っ込む先見性やビジョンをどう描けるか。その事業のエバンジェリスト(伝道師)として、メンバーに参入する意義や価値を伝えられるか、ということです。

 イーロン・マスクにしても、EV(電気自動車)なんか誰も見向きもしなかった15年前に、おそらく「いや、これからはEV(電気自動車)というのがすごいんだ!」というふうに、メンバー全員にセンスメイキング(腹落ち)させたと思うのです。EVの将来ビジョンを、きちんと世界観として伝えていたということです。

 まず最初にミッション、ビジョン、バリューへの共感をどうするか。いろいろな採用候補者がいる中で、どの人をバスに乗せていくのかといったときに、自分たちのポリシーの魅力化がとても大事だと思います。企業の方向性とビジョンの部分です。

 もし、お客さんへの価値提案であるProduct Market Fit(市場で顧客から指示される製品やサービスを作ること)ができつつあるなら、そこをベースにして言語化していくのでもいいでしょう。

 結局、経営者の仕事というのは、そこがいちばん大事です。

 自分たちが目指そうとしている世界がなぜ世の中に必要なのか、それを魅力的に伝道することです。また、それがあるからこそ必要な人材が明確に分かってくるのです。

ミッション、ビジョン、バリューを
うまく言語化できているか

 例えば、ソフトバンクも「情報革命で人々を幸せに」ということを言い続けているわけなので、ここの部分に共感していない人は、そもそも入社できないと思うのです。ソフトバンクの面接受けたがことないので何とも言えないんですけど、一次面接、二次面接のときに、その企業理念に共感しているかどうかというのを採用担当者はすごく見ていると思います。

 どんなに優秀な人であっても、「私は情報革命よりも医療革命です」とか、「自分は情報革命じゃなくて教育革命です」みたいな感じで思っている人は、「うちじゃないよね」となるはずです。

 世の中に何十万、何百万社という会社がある中で、「なぜ我が社で働くのか」。そこの必然性がすごく大事なのかなと思います。必然性とは何かと言ったら、ミッション、ビジョン、バリューの言語化です。

 これも『起業大全』に書きましたが、そこを明確に言語化しないから人材のミスマッチが起きてしまうのです。

 いい人材を採れていない企業から相談を受けるのですけど、そのときに「ポジションの年収が低いんですかね」とか「ジョブディスクリプション悪いんですかね」というふうに言われるんですが、よく見たら「いや、違います」と。

 経営陣が自分たちのやっていることを信じ切っていて、かつ、それを他人に伝えられるレベルに言語化できているかどうかがカギなんです。

「いい人材が採れないな」というときには、一度、ミッション、ビジョン、バリューのレベルに立ち戻って、きちんと言語化できているか、魅力的に伝わる表現になっているかをよく考える必要があります。

ミッション、ビジョン、バリューが
スタートアップの最大の武器

 例えば、イーロン・マスクのスペースXのミッションは「人類をインタープラネタリー(多惑星で生きられるよう)にする」というものなのですが、この言語化のところがうまくなかったら誰もスペースXに入社しないでしょう。もし「実験が好きなんで、とにかく多くのロケットを飛ばしたいです」というミッションだったら、誰も来ないですよね。

 テスラも時価総額が10兆円になりましたけど、なぜ多くの優秀な人が来るかというと、このミッション、ビジョン、バリュー以外にはないと思います。まさに「自分たちが人類の生存可能性を延ばす」というミッションを抱えて仕事をすることになりますから。

 スペースXは設立して20年。まだ上場してないのでスタートアップなんですよ。では、なぜ優秀な人がNASA(アメリカ航空宇宙局)に入らないでスペースXに入るのかというと、やはりその壮大なミッションに共感するからですよね。

 スタートアップはヒト・モノ・カネの経営資源が少ないところからスタートしますが、このミッション、ビジョン、バリューの部分をいかに魅力的にできるか、武器にできるかというのが人材獲得の成否を分けるのではないでしょうか。

田所雅之(たどころ・まさゆき)
株式会社ユニコーンファーム 代表取締役社長
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップの3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動する。日本に帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。日本とシリコンバレーのスタートアップ数社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めながら、ウェブマーケティング会社ベーシックのCSOも務めた。2017年、スタートアップの支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役社長に就任。著書に『起業の科学』(日経BP)、『御社の新規事業はなぜ失敗するのか?』(光文社新書)、『起業大全―スタートアップを科学する9つのフレームワーク』(ダイヤモンド社)等がある。