「なぜ、日本ではユニコーン企業がなかなか出てこないのか?」。この疑問への1つの回答となるのが田所雅之氏の『起業大全―スタートアップを科学する9つのフレームワーク』(ダイヤモンド社)だ。ユニコーンとは、単に評価額1000億円以上の未上場スタートアップではなく、「産業を生み出し、明日の世界を創造する担い手」となる企業のことだ。スタートアップが成功してユニコーンに成長するためには、経営陣が全てのカギを握っている。事業をさらに大きくするためには、「起業家」から「事業家」へと、自らを進化させる必要がある、というのが田所氏のメッセージ。同書のエッセンスを抜粋してお届けしてきた本連載。特別編として、日本のスタートアップがさらに今後、活性化していくために必要な視点や条件などについて、田所氏の書下ろし記事の第6回をお届けする。
産業を大きく変えるのは、超長期思考
どこかの大企業の社長になったとしても、30年後や50年後の未来から逆算して考えるみたいなすごくぶっ飛んだ発想で事業を計画することは、まずないですよね。とりあえず2030年頃を見据えたうえで、今を含めた3年後の近い将来をどうするかと考えるのが普通です。言ってみれば中期思考です。
でも、これはいけいないことではなくて、当然、株主や取引先をはじめとするいろいろなステークホルダーの理解が必要ですから、まわりがもし中期思考の人ばかりだったら、そうせざるを得ない面があります。
しかし、本当に大きく産業を変えるのは何かと言ったら、私は超長期思考だと考えています。GAFAMとか、スティーブ・ジョブズもビル・ゲイツも、イーロン・マスクも、マーク・ザッカーバーグもそうですが、彼らは完全に超長期思考で考えていると思います。
30~50年後から逆算して考える、ということです。そこが既存の大企業とGAFAMなどとの大きな違いなのかなと思います。
SF小説やSF映画で、
トランスフォーメーション思考を磨く
そのような超長期思考をするためには、どうしたらいいのか? その一つのヒントは、SF小説とかSF映画にあります。『一九八四年』『ニューロマンサー』『バック・トゥ・ザ・フューチャー』『ブレード・ランナー』とか、『レディ・プレーヤー』や『マイノリティ・レポート』などいろいろありますが、あのような世界観を描くためには、やはり主人公の体験の一貫性というのが、すごく大事だと思います。
「未来の世界を追体験する」ということですが、やはり身体が今の2022年の現在地にあって未来には飛ばせないとしても、SFの主人公の世界観を追体験してみると、あるべき未来に対して、今はこういうところがまだ実現できていないというギャップを感じることがあると思います。これはまさにトランスフォーメーション思考に近いのかなと思っています。
たぶん30年前の世界から今の世界を眺めたら、ある意味で、私たちはSFの世界を生きていると思うのです。スマホでメールでも、ゲームでもなんでもできますとか、Zoomで遠隔で会議をしながら、すべての仕事が完結したりとか、30年前の人が見たら、これはSFに近いのかなと。
つまり、未来に対する抽象的な理解だけではなくて、主人公とか登場人物の感情などにも共感しながら、あるべき未来の世界の旗振り役になっていく、みたいな思考がすごく大事ではないでしょうか。
これもセンスメイキング力の一つと言えますが、そうすると1人の目線でいろんなメンバーに意味を伝えられると思います。30年後にこんな凄い体験ができる世界が来るとして、それに対して自分たちは何ができるのかということをリアルに伝えられたら、それは説得力が半端ないでしょう。
東南アジア的なGoToマーケットから
学べることは多々ある
話は変わりますが、東南アジアでよく言われる言葉で、リープフロッグ現象(蛙飛び現象)というものがあります。
喩えば、多くの人が銀行口座を持っていなくて、ATMも普及していない国だとしても、スマホが普及して電子マネーのアプリをインストールすることで金融決済ができてしまう、というようなことです。途中の段階をスキップして、一気に最新の技術が普及するような現象のことです。
なぜ東南アジアでは、Go-jekやGrabなどのスーパーアプリ(日常生活に使用する様々なアプリを一つにまとめたもの)を展開するスタートアップが一気に普及したのか? それは、もともとのインフラがなかったからです。
東南アジアではATMがなかったり、クレジットカードも持っていない人が多かったり、固定電話もあまりなかったのに、そこにいきなりスマホが普及してスーパーアプリができて、それが人々の生活に最適化し、今では欠かせないインフラになっています。
そういう東南アジア的なGoToマーケット(自社の商品やサービスをどのように顧客へ届けるかをまとめた戦略)から、いかに日本が学ぶかも大事になっていると思います。
例えば、2022年にPayPayとLINE Payが統合して、キャッシュレス・ペイメントで、スーパーアプリ化ということをヤフーグループは目指しているわけですけれど、本当に生活の基盤になるようなワンストップでできますかというと、そこはまだまだ難しいのかなと思います。
東南アジアと日本の決定的な違いは何かというと、平均年齢の若さです。例えば、日本の平均年齢49歳に対して、インドネシアの平均年齢は26歳です。なので、経済のメインストリームにいる人たちというのがインドネシアのほうが圧倒的に若いのです。
つまり、スマホネイティブ向けにいろいろなものが最適化されているので、東南アジアで普及しているものをリバースイノベーション的な発想で、日本に持ってくるということを、これからもっと考えたほうがいいと思います。新興国のスマホネイティブ、DXネイティブ、デジタルネイティブ、トランスフォーメーションネイティブの方々がやっていることを、日本に持ってくるのです。
特にユーザーエクスペリエンス(UX)のところだと、向こうですでに何回も検証されているので、その知見をそのまま日本でも使えます。
ゼロベースでやるよりも、すでに何十万人、何百万人が使っているサービスがあるのですから、そこの部分を日本式にローカライズするとか、その辺はいろいろと学べるところがあると思います。
株式会社ユニコーンファーム 代表取締役社長
1978年生まれ。大学卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップの3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動する。日本に帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。日本とシリコンバレーのスタートアップ数社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めながら、ウェブマーケティング会社ベーシックのCSOも務めた。2017年、スタートアップの支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役社長に就任。著書に『起業の科学』(日経BP)、『御社の新規事業はなぜ失敗するのか?』(光文社新書)、『起業大全―スタートアップを科学する9つのフレームワーク』(ダイヤモンド社)等がある。