「なぜ、日本ではユニコーン企業がなかなか出てこないのか?」。この疑問への1つの回答となるのが田所雅之氏の『起業大全―スタートアップを科学する9つのフレームワーク』(ダイヤモンド社)だ。ユニコーンとは、単に評価額1000億円以上の未上場スタートアップではなく、「産業を生み出し、明日の世界を創造する担い手」となる企業のことだ。スタートアップが成功してユニコーンに成長するためには、経営陣が全てのカギを握っている。事業をさらに大きくするためには、「起業家」から「事業家」へと、自らを進化させる必要がある、というのが田所氏のメッセージ。同書のエッセンスを抜粋してお届けしてきた本連載。特別編として、日本のスタートアップがさらに今後、活性化していくために必要な視点や条件などについて、田所氏の書下ろし記事の第4回をお届けする。

【日本再生のカギ】日本でスタートアップ人材がさらに増えるために、いちばん大事なことは?Photo: Adobe Stock

自分自身に対して、成長の渇望感があるか?

 スタートアップ人材にかぎらず、好奇心成長欲求というものが、もともと旺盛な人とそうでもない人がいるのだと思います。

 たぶん自分自身の成長に対する渇望感みたいなところが、すごく大事ではないでしょうか。そこの有無というのが、何年後かの成長の大きな分かれ目になるのかではないかと。

 私は中高大と一貫校へ行ったんですけど、中高はほぼ部活だけやって、受験勉強もせずに大学に入りました。それで大学に入ってみたら、周りがすごく賢い学生ばかりで、そこから考え方が変わりました。

 それで危機感を持ち、学生で暇だったこともありアメリカやヨーロッパなどを旅して回ることにしました。一番の目的は語学留学です。4年間の大学生活で8か月ぐらいは世界中を旅していました。イギリスやマルタ島、ボストンとマイアミとロサンゼルスなど、それぞれ1カ月ぐらい語学留学を計6回やりました。

 19歳から21歳にかけて、年の4分の1ぐらいを海外を回って色々な人と話をしたり、外から客観的に日本や日本人などを見たときに、明らかにこれはまずいな、ということを直感した記憶があります。

 当時は90年代の後半でしたが、アメリカはインターネット技術や成長産業も持っていてすごいなと。そう考えたときに、やっぱりこれからは日本だけでしかお金を稼げないというのは、リスクではないか。だったら、これからは英語ができて世界のことを広く知っていたら、20代はそれだけでも、たぶん自分は食っていけるな、みたいな感覚があったんです。

 それで、周りは就活とかし出したんですけど、私は就活もせずにひたすら英語を勉強して、日本で英語の通訳ができるレベルにまで行ったんです。それで4年間で大学を卒業して、そこからアメリカに行きました。

スタートアップのCEOは、なんでもやる必要がある

 人の成長ということで言いますと、スタートアップを始めたときに、特に社長とかCEO(最高経営責任者)とかをやり出したら、もう否応なしに求められるものが高くなります。

 例えば、これは『起業大全』にも書きましたけど、自分はマーケティングのプロなので、マーケティングだけやっていたらいいという話ではなくなるのです。採用もファイナンスもセールスも、すべてをやる必要があるのです。

 ただ、そこは実戦で即習していく、みたいなところももちろんあって、やはりそういうふうにできることを喜びとできるかどうか。自分自身を成長させたいと思うかどうかは、すごく大事かなと思っています。

 専門バカでもダメで、高い専門性を複数持つ必要があるのです。ただ、そういうふうになりたいと思えるかどうかで、人は変わります。

 スタートアップを成長させるために求められる能力やスキルはものすごく高いので、IPO(株式公開)とか、シリーズA(ベンチャーキャピタル等が出資する段階)を目指すというのは、ハードルが高いことは間違いないです。

 それはなぜか。結局、専門家を雇う(チームを組む)必要があるからです。CFO(最高財務責任者)、CTO(最高技術責任)、CMO(最高マーケティング責任者)とか、ファイナンスや技術、マーケティングの専門家がいて、彼らに対してCEOとして的確に指示する必要があるからです。

 そこの部分で的確にディレクションできないと、いたずらにお金を浪費することになり、下手をすると事業の継続ができなくなります。

自分に対して圧がかかっている状況を楽しめる人は、
まだまだ成長できる

 例えば、楽天に入社して、eコマースかどこかの営業部長になったとします。

 営業部長になるだけでもすごいと思いますが、そのときに、営業の数字を上げるための努力は必要だと思いますが、では、どうやって資金調達をするかであったり、楽天市場のCMSみたいな仕組みに対して、技術的な側面から的確にフィードバックできるとか、そういったことは特別には求められないとお思います。

 もし執行役員だったら求められるんですけど、新卒1年目でも3年目でも、営業部長レベルでも求められないでしょう。ただ歯車のワンピースとして、与えられた役割だけは全うしてください、という話です。

 でも、スタートアップを始めた時点でそんなことは言ってられないのです。1年目だろうが、25歳だろうが70歳だろうが、自分がオーナーシップを持って意思決定をするとなると、もし意思決定を間違えたら、それだけで数千万円を失うかもしれない世界です。そういうふうにヒリヒリしながらやるというのがスタートアップです。

 当然、皆が正しい意思決定は毎回できないのですが、間違った意思決定を3回ぐらいやると、会社が潰れちゃう可能性もあります。そういうリスクがあるので、相当なストレスと相当な危機感を持ちながらやる必要があります。

 ある意味、自分に対するものすごい圧がかかっている状況です。その圧を楽しめるかどうかというのはすごく大事です。それを楽しめる人は、まだまだ成長できます

『起業大全』を書いた理由というのも、どう自分や自社を進化させていけないいのか分からないであったりとか、本がありすぎて何を読んだらいいのか分からないよというときに、手に取って欲しいという思いで出版しました。

 1冊目で『起業の科学』、2冊目として『起業大全』を読んでいただければ、スタートアップについて一通りのことが理解できるはずです。

田所雅之(たどころ・まさゆき)
株式会社ユニコーンファーム 代表取締役社長
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップの3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動する。日本に帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。日本とシリコンバレーのスタートアップ数社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めながら、ウェブマーケティング会社ベーシックのCSOも務めた。2017年、スタートアップの支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役社長に就任。著書に『起業の科学』(日経BP)、『御社の新規事業はなぜ失敗するのか?』(光文社新書)、『起業大全―スタートアップを科学する9つのフレームワーク』(ダイヤモンド社)等がある。