「なぜ、日本ではユニコーン企業がなかなか出てこないのか?」。この疑問への1つの回答となるのが田所雅之氏の『起業大全―スタートアップを科学する9つのフレームワーク』(ダイヤモンド社)だ。ユニコーンとは、単に評価額1000億円以上の未上場スタートアップではなく、「産業を生み出し、明日の世界を創造する担い手」となる企業のことだ。スタートアップが成功してユニコーンに成長するためには、経営陣が全てのカギを握っている。事業をさらに大きくするためには、「起業家」から「事業家」へと、自らを進化させる必要がある、というのが田所氏のメッセージ。同書のエッセンスを抜粋してお届けしてきた本連載。特別編として、日本のスタートアップがさらに今後、活性化していくために必要な視点や条件などについて、田所氏の書下ろし記事の第5回をお届けする。

【日本再生のカギ】スタートアップ人材に必要な、センスメイキング理論とは?Photo: Adobe Stock

センスメイキングとは、腹落ちさせること

 スタートアップ人材に必要なものは何か? その大きな一つが、私はセンスメイキング理論だと考えています。これは、早稲田大学大学院・ビジネススクールの入山章栄教授が『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社)の中でおっしゃっていることですが、センスメイキングさせる、つまり、意味をつくる、腹落ちさせるということです。

 これは、たぶんロボットやAIには絶対にできなくて、人間にしかできないことだと思います。周りの環境がよく分かっていない、これからどう変化するのかもわからないからこそ、そこに意味をつくって進んで行く必要がある。それがとても重要ではないでしょうか。

 センスメイキングの具体例として、同書の中で紹介されていた面白いエピソードに、次のようなものがあります。

 ハンガリー軍の偵察部隊が猛吹雪に見舞われてアルプス山脈で遭難したそうです。遭難してテントの中で死の恐怖におののいていたところ、隊員の一人がポケットからある地図を見つけた。地図が見つかったことで隊員たちは落ち着きを取り戻し、その地図を頼りに大まかに進んだら、全員が無事に下山できたというのです。でも、よくよくその地図を見ると、実はそれはアルプスではなくピレネー山脈の地図だったということです。

 実際には、全然違う場所なのだけれど、みんなを腹落ちさせて、なぜか下山できたみたいなことですが、まさにセンスメイキング理論というのが、非常に大事なことがわかるエピソードかなと思います。意味を作る、メンバーに腹落ちさせる、それが人を人たらしめる理由なのかなと思います。

計画思考VS.仮説思考

 起業家というのは、みんなにセンスメイキングさせるかがいかに重要か。孫正義さんもそうだと思うのですが、彼が言っていることは、けっこう朝令暮改が多くてよく分からないところもあるのですが、でも、なんかついていこうと思わせる力があるといいますか…。入山教授も孫さんの例をよく出しますが、その辺りがとても重要なのかなと思います。

『世界標準の経営理論』で紹介されているセンスメイキングの図があります。新しく予想外で混乱的、不確実な外部環境の中では、情報を「1感知」→「2 解釈・意味づけ」→「3 行動・行為」というサイクルが回る。これがセンスメイキングの全体像になります。

 一方、これは私の考えですが、外部環境が比較的安定している時には、「1 感知(受動的)」→「2 分析/指標化」→「3 計画」→「4 行動」というサイクルになるのかと思います。情報をきっちり分析して、その中で計画を立てて行動する、という流れです。

 現在のような、先行き不透明で不確実なVUCAの時代には、重要になるのがセンスメイキング、意味付けだと思います。この事業を進めることによって、その先に自社や社会がどうなるのか、どう変わるのか、みたいなところをそれぞれのメンバーにありありとイメージさせることが、スタートアップ人材には求められるのではないでしょうか。

 結局、「仮説を立てて、意味を伝え、行動して検証する」ことが大事なのかなと思います。

 先ほど説明した2つのサイクルの違いは、「計画思考VS.仮説思考」という言い方もできるかと思います。

フォアキャスティング思考VS.バックキャスティング思考

 計画思考がダメということではなくて、結局、周りの状況がめまぐるしく変わりつつある中で、いったん仮説というか、ここを目指そうと決められるかどうか。例えば、地図を見て、地図が間違っているかもしれないですけど、「あそこの山が自分たちのゴールっぽいんで、とにかく一回目指そうよ」という感じで意味付けをして、それをメンバーに伝えていくということです。

 もちろん、その前には、やはり自分の中で一度、仮説を立てて検証してみることが必要です。もしその仮説が違ったとしても、ダメな部分を修正して、今度はこっちを目指そうとピボット(方向転換)していけることが大事なのかなと思います。

 最近ちょっと考えたのですが、事業を作るこれまでの考え方は、フォアキャスティング思考(現時点を起点として考える)が主流だったと思います。

 しかし、もう一つ、バックキャスティング思考(あるべき未来から逆算する)といって、今2022年ですけど、5年後の2027年にはこんな世界が実現しているはず、だからそこから逆算して考えていくという方法が、もっと広がっていくのではないかと思います。

 その分かりやすい例がテスラです。テスラはポッと出て、イーロン・マスクという一人の天才がやっている、みたいな感じもするんですけど、とても戦略的にやっています。イーロン・マスクが2003年にテスラを始めたとき、未来のあるべき姿について「人類を持続可能にする」というビジョンを持っていました。

 2003年当時というのは、EV(電気自動車)はほとんど世の中になくて、最初に何をやったかというと、イギリスのスーパーカーメーカーのロータスからOEM(他社ブランドの製品を生産する)でシャーシや車体を提供してもらい、自分たちはバッテリー管理のシステムだけを作って、それでテスラのEVとして販売したのです。

 最初の顧客としては、レオナルド・デカプリオやアーノルド・シュワルツェネッガーというセレブ向けに、20万ドル(約2000万円)という高価格で売って資金を回収しました。そうやって世間の注目を集め、ブランド化に成功し、EVのバッテリーシステムも量産効果で年々価格が落ちてくるのを想定して、徐々にもっと大衆的なEVを開発していったんです。つまり、バックキャスティング思考を持ってEV事業をやったのです。

 バックキャスティング思考、あるいはトランスフォーメーション思考(変革思考)と呼んでもいいのですが、未来のこういう世界が実現したあとに、さらに、その先の未来のあるべき姿がどうなるのか、みたいなところをイーロン・マスクやスティーブ・ジョブズは考えてやったのだと言えます。

 彼らの言葉を借りると、「現実歪曲思考」というのですが、10年、20年後のあるべき未来を考えて、そうなるのが当たり前だみたいに、それを現在に持ってきて発想するのです。これは、超センスメイキング理論と言えるのではないでしょうか。

田所雅之(たどころ・まさゆき)
株式会社ユニコーンファーム 代表取締役社長
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップの3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動する。日本に帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。日本とシリコンバレーのスタートアップ数社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めながら、ウェブマーケティング会社ベーシックのCSOも務めた。2017年、スタートアップの支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役社長に就任。著書に『起業の科学』(日経BP)、『御社の新規事業はなぜ失敗するのか?』(光文社新書)、『起業大全―スタートアップを科学する9つのフレームワーク』(ダイヤモンド社)等がある。