ゲームチェンジに
偏差値エリートはもろい
――「偏差値エリートは危うい」という指摘はかねてからあります。改めて、なぜ今それが問われているのでしょうか。
いい大学に入っていい会社に就職すれば安泰という価値観は、30年前にすでに崩れ始めていました。
日本経済が低迷し続けたこの30年間、その担い手は誰だったのかを考えれば、答えは明らかです。偏差値エリートたちが付加価値を生み出せていたなら、日本はもっと成長していたはずです。でも、そうはならなかった。
なぜ彼らは付加価値を生み出せなかったのか。理由は単純です。
偏差値エリートとは要するに、あらかじめ正解が設定された問いに、いかに速く、かつ再現性を持って答えられるかを競う人たちです。それはキャッチアップの時代、つまり明治維新以降の130年間においては非常に有効でした。正解が先にある世界では、そこへ正確にたどり着ける能力が高く評価される。だから帝国大学の設立以来、その延長線上にすべての教育体系が構築されてきたのは自然な流れだったと思います。
ところがゲームチェンジが起きると、何が付加価値かが変わります。「正解」そのものが変わってしまう。そのときに偏差値エリートはもろい。自分が鍛えてきた能力が、突然通用しなくなるわけです。
そしてそのとどめを刺すのがAIなのです。
――なぜですか。
「正解に効率よくたどり着く仕事」、つまり日本的ホワイトカラーの仕事の多くが、AIに代替されてしまうからです。これまではその仕事に価値がなくなってきたというだけの話でしたが、今度は代替が起きる。ますます偏差値エリートがどこで生きていくのか、厳しい状況になります。
