大久保真紀
原爆さえなかったら…心を壊されながら84歳まで生きた被爆者の「心の支え」とは
原爆が落とされた日、男は自宅で眠っていた。目が覚めて街が焼け落ちていく光景を目の当たりにしたその日から、彼の“戦争”は終わらなかった。体の傷が癒えても、心の中では焼け焦げた記憶が消えることはなかった。人を信じられず、社会に馴染めず、それでも生き続けた一人の被爆者の人生から、「戦後」の長い影を見つめる。※本稿は、大久保真紀・後藤遼太『ルポ 戦争トラウマ 日本兵たちの心の傷にいま向き合う』(朝日新書)のうち、朝日新聞記者・寺島笑花による執筆パートの一部を抜粋・編集したものです。

武田鉄矢が語る「死後に謎が解けてきた」戦場帰りの父がいつも不機嫌だった理由
少年時代、家庭で荒れた父を前に、「なぜこの人はこんなにも不機嫌なのか」と悩み続けたと語る武田鉄矢さん。時が経ち、人気歌手となった武田さんは、父が背負っていた“見えない傷”の存在を知る。戦争がもたらしたのは戦場での死だけではない。生きて帰った者たちと、その家族の心にも、癒えない痛みが刻まれていた。※本稿は、大久保真紀・後藤遼太『ルポ 戦争トラウマ 日本兵たちの心の傷にいま向き合う』(朝日新書)の一部を抜粋・編集したものです。

「おやじ何人殺しとんねん…」元日本軍兵士のDVに耐え続けた家族が見つけた“陣中日記”の真実
DVに怯えながら育った少年は、父の死後に母の遺品から一冊の本を見つけた。そこには「陣中日記」と記され、戦場での凄惨な体験が綴られていた。「おやじはなぜ、あんなに乱暴になったのか」。少年時代、「最低の父」と憎んでいた桑原征平さんは、戦争で変わってしまった“父の心”に初めて触れる。戦後を生きた日本兵と家族の沈黙を描く実話。※本稿は、大久保真紀・後藤遼太『ルポ 戦争トラウマ 日本兵たちの心の傷にいま向き合う』(朝日新書)の一部を抜粋・編集したものです。
