日本ヒューレット・パッカード(HP)社長から経営再建中のダイエー社長に転身し、現在はマイクロソフト日本法人の代表執行役兼COOを務める樋口泰行氏。その樋口氏が、ダイエー再生の修羅場で培った変革型リーダーの要諦を明らかにします。米倉誠一郎氏(一橋大学イノベーション研究センター所長)との対談後半の今回はビジネススクールと現場の違い、そして、企業カルチャーを改革することの重要性を語ります。

ビジネススクールの経験は
経営に役立つか

樋口泰行氏(右)と米倉誠一郎氏(左) 米倉 樋口さんのお話の中でとくに印象深かったのが「ピープルマネジメント」という言葉です。マネジメントの対象で一番大事なのは、人ですからね。地頭があって、現場力があって、多様な経験を積むと、ピープルマネジメントに厚みが出るというお話でした。その他に、たとえばハーバード・ビジネススクールで学んだことで現在も役に立っていることはありますか。

樋口 いろんなことを体系立てて教えてもらったというのが、大きいでしょうね。会計や財務は知識ベースですから、たくさん身につけるほど役に立ちます。また、マーケティングとかビジネス戦略となると、500以上のケーススタディを擬似的に体験したことが、今でも頭の中に残っています。

 あなたがゼネラルマネジャーだとしたらどう判断するか。それを仲間と一緒に議論しながら考えるのですが、答えのない世界ですから、理系の自分にとっては最初は気持ちが悪かったです。先生も何も答えを言いませんから、「それで今の答えは何ですか?」と思わず訊きそうになったり…。そのとき学んだケースをきちんと覚えているわけではありませんが、議論のプロセス自体が現在の考え方に影響を与えていると思います。

米倉 ビジネススクールのケーススタディは、もともとロースクールの判例から来たものですよね。ビジネスでは答えが1つというのはあり得ないわけですから、過去の判例を積み重ねるようにケースを蓄積していくという法学のアイデアを最初に取り入れたハーバード・ビジネススクールは、なかなかだと思います。経営教育にとって大事なのは、単なる知識ベースではなく、過去からの蓄積ですから。

樋口 そうですね。私は技術者として答えが1つしかない世界で育ってきましたから、誰かと議論することによってアウトプットの付加価値が高まるとは信じていませんでした。誰かと話しているより、自分で考えたほうがいい答えが出ると本気で思っていた。ところが、ビジネスのえもいわれぬ世界におけるアウトプットというのは、多面的な見方をする人たちとの議論の中から新しい付加価値が生まれることに、30歳を過ぎてようやく気づきました。