三田紀房の投資マンガ『インベスターZ』を題材に、経済コラムニストで元日経新聞編集委員の高井宏章が経済の仕組みをイチから解説する連載コラム「インベスターZで学ぶ経済教室」。第131回は、プレゼンで本当に大切なことを説く。
付け焼き刃の「欧米流」プレゼンはイタい
不動産投資対決のプレゼン勝負は、高利回りの優良物件について理路整然と述べた主人公・財前孝史の勝利に終わった。藤田家の御曹司・慎司は、理論派らしくない不可解な説明に終始し、それがかえってジャッジ役の大富豪・塚原の関心を引く。
プレゼン対決は客観的にみれば財前の圧勝だ。財前のプレゼンは物件の美点と価格交渉の経緯を説明する王道とも言える出来。一方、「ええと……」と言い淀んで始まる慎司はロジックに欠け、ルール違反も含めて早々に自身で負けを認めた。
だが、作中には「本当に心を打つのはどんな言葉か」を知るヒントが隠れている。藤田家当主のひざの猫の反応だ。猫は財前の発言前には鋭い声を上げ、慎司の出番には穏やかな鳴き声で応じる。差を生んだのは、ふたりがまとう「空気」だ。財前から勝負にはやる驕りが、慎司からは迷いのなかで自分の言葉を探す真摯さがにじんでいる。
不動産投資の優劣ではなく、「もっと話を聞いてみたいか」という視点で考えると分かりやすい。財前の話はスムーズすぎてどこにも引っ掛かりがない。対する慎司の語りは、本人が答えにたどり着いていないがゆえに、聞き手にも「なぜ」という思いが残る。
最近では日本の経営者や政治家も欧米流のプレゼンを目指す傾向があるが、不慣れなジェスチャーを交え、微妙な「間」を作る語り口は痛々しくて見ていられないケースが少なくない。そんな付け焼き刃より、拙くても自分の言葉で語った方が相手には響くはずだ。
帰国子女が助っ人に駆けつけたが…
ロンドン駐在時代、ある営業マンからこんな体験談を聞いた。その男性は、英語力はそこそこだが、足で稼ぐ行動力と人の懐に飛び込む魅力の持ち主だった。
ある時、足しげく通っていた有力者が集まるランチミーティングの主催者から、自社サービスのプレゼンの機会がもらえた。またとない好機を本社に報告すると、帰国子女でバリバリのバイリンガルが2人、東京から飛んできた。
ミーティング当日、出張組が完璧な英語で無事プレゼンを終えた。だが、聴衆の反応はいまひとつ。その先の商談に進むことはなかった。帰り際に主催者が男性を呼び、こう言った。
「なぜあなた自身がプレゼンをしなかったのだ。私はあなたの熱意が伝わればチャンスがあると思ったのに」
後日、再び機会が与えられ、今後は男性自身がジャパニーズ・イングリッシュで大汗をかきながらプレゼンしたところ、まとまった受注をいくつもとれたという。武勇伝の類いなので割り引いて聞くとしても、大筋では実話なのだろうと思う。
大事なプレゼンをアドリブだけで乗り切ろうとするのは無謀だが、原稿の読み上げや「パワポの奴隷」状態では、言葉は勢いを失い、相手の心まで届かない。中途半端にリハーサルを重ねるのも「熱」がすり減ってしまうのでオススメしない。
大事なのは流麗さを目指した反復練習ではない。自分の言葉で語れるまで「何を伝えたいか」を内面化すること。伝えたい気持ちが自分の中で熟せば、聴衆が耳を傾ける言葉が自然と湧き上がってくる。勝負どころのプレゼンで大事なのは、テクニックではなく、考え抜くことだ。