Photo by Yoshihisa Wada

リクルートの人事担当役員、リクルートエージェント(現リクルートキャリア)の社長などを経てJリーグのチェアマンに就任という異色の経歴を持つ村井氏。企業経営で培った手腕でJリーグという組織の立て直しをはかる村井氏は、どのような思いで改革を進めていくのか。(聞き手/「ダイヤモンド・オンライン」編集長 深澤 献)

──連載で語られたエピソードの数々から、村井さんがリクルートで経験し培ってきた経営者としての実力と、長く関わってきた「人と組織」というテーマが、Jリーグでの改革につながっていると感じました。

村井 ただ、実力というのは、絶対的なものというより、相対的なもので、人との関係性のなかで作られていくということを改めて実感しています。

 最近、とみに思うんですが、50歳を超えたくらいから世間の風景が一変するんですね。

 例えばどういうことかというと、20代の頃、広告営業をやっていた時によく言われたのが、「営業の鉄則は決裁者に会え」ということ。確かに営業成績を上げている同期は、どんどん役員クラスに会って、スピーディに決裁をもらっていました。

 ところが私は、神田営業所に配属になり、秋葉原界隈がテリトリーになったので、いわゆるジャンクショップという、テレビを解体して真空管などの部品を並べて売っている小さなお店を訪ねては、「新卒採りませんか」なんて営業していたのです。当然、決裁者がいるわけでもなく、番頭さんのような方とお茶を飲んで終わりです。担当エリアでも神田錦町あたりは大手町と隣接しているので大手企業もあったんですけど、やはり主任とか係長クラスとばかり茶飲み話をしていました。当然、業績もあがりませんでした。

 ところが、50代くらいになってくると、自分が努力して偉くなるより、周りの人が偉くなってくるんですよね。そうすると「あの時の村井ってお前だよね」と言ってくる方がいる。

 社名を挙げることはできませんが、現在のJリーグのパートナー企業の経営者にもかつての営業先の方がいらっしゃったりします。50歳を過ぎると、クラスメートが偉くなったり、一緒に仕事をしていた方が偉くなっていったりして、そういう方々に自分も引き上げられてきたように感じます。

 逆に言うと、あの頃、目の前の関係をすっ飛ばして、結果を出すことばかりを追い求めていたら、今頃どこに行っても相手にされなかったかもしれない。

 よく自己啓発書の中には「努力は報われる」と書いてありますが、本当は「人が努力したことに報われる」ってことなんです。私は典型的にそういうタイプで、周囲の人との絶対的ではなく相対的な関係性の中で生かされているのだとつくづく思いますね。

──私も50代なので、おっしゃっていることは本当によくわかります。

村井 そうですよね。でもこういう感覚は、いくら20代30代の人に言ってもわかってもらえない。

──確かに、実際に体験しなければリアリティはないでしょうね。あと、組織には動脈系と静脈系の両方が必要だという話(第3回)も印象的でした。

村井 スタジアムは完全に静脈装置なんですよ。今どき、職場や家庭で、大きな声で叫んだら近所迷惑になります。居酒屋でも無理でしょう。そういう喜怒哀楽が完全に解放される場所というのを、社会としては守っていかなければならない。

 スポーツとは社会のバランスを取るためにも重要なモジュールのような気がします。

──村井さん自身、リクルート時代にはいつもユニフォームを会社のロッカーに入れていて、いつでもサッカーを見に行けるようにしていたとか。

村井 はあ(笑)。そもそもサッカーって、なぜかくも人を魅きつけてやまないんだろうとずっと思っていました。世界を見渡しても、国連加盟国よりもFIFA加盟国の方が多いんですから。

 その魅力は、連載でも述べましたが、やはりミスが支配するスポーツだからだと個人的には思うのです。手を使えないから、プロが90分やっても点が入らない。

 日常社会でもそうですよね。今日もプレゼンで失敗した。今日も挨拶ができなかった。今日もあいつと仲直りしようと思ったのに、また喧嘩した……。とにかく人間は思い通りにならない理不尽な社会に生きていて、失敗の連続です。

 だから私にとってサッカーと自分はずいぶん重なる思いがあるんです。サッカー観戦は、非日常の中に身を置いてガス抜きしたり、ストレス発散したりというよりは、逆にミスの連続である日常と重なる部分が非常に多かったという印象がありますね。プロのあいつだってシュートを外してるんだから俺もしょうがないか、っていう感じかな(笑)。

 先日多摩の少年院にいって一緒にサッカースクールをしたんですが、こんな寄せ書きを書いてくれた少年がいました。「サッカーが理不尽なスポーツなら人生も理不尽で当り前。がんばって生きていきます」と。嬉しかったですね。