「今月の主筆」の樋口泰行さん(日本マイクロソフト 代表執行役 会長)の真骨頂は、何があっても逃げない泥臭さにある。しかし、かつては「内向き」な青年だった。そこにいったい、どんな転機があったのか。(聞き手/ダイヤモンド・オンライン編集長・田上雄司)

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「内向き青年」を変えた米国流働き方

――提言を拝見していると、言葉は失礼ながら非常に泥臭く、それを厭わないのが樋口さんの経営の流儀なのだと感じました。

樋口 特にダイエーのような小売業の世界では、現場の店員さんのモチベーションこそが事業経営の核心なのです。やる気を失ってしまうと店が回らない。挙げ句に売上はどんどん減ってくる。

 そうしたときに、東京から「頑張ろう」と呼びかけ、「MBA理論ではこうだ」などと議論していても現場の人たちは、「またか」と相手にしてくれません。リーダー自らが現場に入り込み、身体を張って改革に取り組む姿を見せていかないと動いてくれないのです。

 もう一つ重要なのが、経営再建では、「この会社をどうするか」という戦略が、現場の人たちの腹に落ちていないとモチベーションが上がりません。リーダー自身が現実のビジネスにどれだけ真剣に向き合ってきたか。どれだけ格闘してきたか。その要件が満たされると、机上の理論だと思われていた戦略に凄みが加わり、現場では腹に落ちやすくもなるのです。

――泥臭さは、ダイエーでの経験が大きいのですか。

樋口 そうだと思います。ダイエーで野菜の鮮度改善である「新鮮宣言」プロジェクトを成功させたとき、組織の中で思考停止に陥っていたメンバーたちが、自分の頭で考え、積極的に発信し、皆で知恵を出しあったからこそ大きな仕事を成し遂げられたと感無量でした。

 だからこそリーダーにとっての現場力とは、自分一人で問題の解決をめざすのではなく、現場で働く人たちを活性化し、皆の創意を引き出し、現場を方向づけるものであるとつくづく思いました。そのためにも、障害を乗り越えていくリーダーの背中を見せるのが重要なのだ、と。

――樋口さんご自身は、そうした泥臭さや腕まくりして現場に飛び込んでいくようなキャラクターだったのですか。

樋口 いや、まったく、真逆です(笑)。大阪の保守的な家で育ち、大学も「大阪を出たくない」という理由だけで阪大に入り、電子工学を専攻したのも「一番難関だったから」。就職したのは松下電器で、これまた大阪で温情のある企業ですから、自分の意志などまるでない。

 でも松下に入ってから、なぜか勉強がしたくなりました。デジタルロジックなどが出始めたときだったので勉強すればするほど仕事に役立ち、「樋口、すごいぞ」と同僚に褒められるのが嬉しかったですね。そういう狭い、温情的な世界のなかで生きている、今風に言えば、「内向き」な若者でした。

――転機となったものは何でしたか。

樋口 今から考えると、IBMの製品を受託する工場に配属され、アメリカからやってきたIBMのエンジニアと一緒に仕事をしたことでしょうか。彼らの仕事ぶりを「格好いい」と単純に感服したのです。

 会議をやると、ホワイトボードに課題を書き出し、やるべき事柄をパッパと決めていく。それまでの会議といったら結論があるようなないような会議ばかりでしたから、新鮮でした。彼らを見ているうちにアメリカで勉強したいと思うようになったのですが、そのときの思いはあくまでも技術留学でした。

 ところが上司が、「お前も間もなく管理職になるからMBAにしろ」と言う。MITやハーバードから合格通知をもらいましたが、妻が「ハーバードでしょう」と言うのでハーバード。本当に主体性がない。落第の恐怖にさらされながらやっと卒業して帰ってきたら、自分のエネルギーが封じ込められているのを感じるのです。松下には本当に感謝していましたが転職を決意し、今に至るという訳です。