そうした謎のようなものが以前から気にかかっており、テーマとしてずっと扱ってきました。作品の本質は変わりませんが、それをどういう語り口で描くのかは、作品ごとに変化しています。私の場合、発想のヒントを得るために古典を読むこともあります。

「夢と知りせば」という和歌が
インスピレーションの原点

──今回の作品は、男女が入れ替わる古典「とりかへばや物語」や、「夢と知りせば」と詠んだ小野小町の和歌から着想を得たと伺います。新海監督は中央大学文学部出身で、自宅にもこうした古典作品が多くあるようですが、古典の影響を大きく受けているのでしょうか。

(C)2016「君の名は。」製作委員会

 今回の作品は、本質の部分で言えば、出会えないはずの二人の出会いを描いているものです。男女が入れ替わることで物語は始まるのですが、入れ替わりは出会うための仕掛けであって、本当は別のものでも良かった。ただ、分かりやすいキャッチーな入り口を用意したかったのでこうしました。男女の入れ替えによって必然的に生じるコミカルな部分もありますからね。

 自宅にあるのは、現代語訳された万葉集や古事記などいくつかの古典作品であって、本がずらりと並んでいるわけではありません。6歳の子どもがいることもあって、一番めくるのは「日本昔話」ですね。このシリーズは一つひとつの話が短くてコンパクトにまとまっていますが、主要なものだけで数百の話があります。

 実はそれらを読んでいくと、カテゴリーというものがはっきり見えてくるのですよ。例えば、「貴種流離譚」という物語の類型の一つです。これは尊い血筋を持つ子どもが幼い頃にどこかに流されて冒険して試練を克服するもの。現代で言えば「スター・ウォーズ」がそうですよね。

 他にも「鶴の恩返し」のように、人が人ではないものと結婚する物語「異類婚姻譚」というものもあります。「おむすびころりん」のように地下世界を思い起こさせる物語も、世界各地に共通して残っている話です。

 こうした物語のルーツを知ると、「なるほど、物語ってパターンなのだ」と。人の共感するところは昔からあまり変わらないものだと気がつきました。過去作品の中には、こうした昔話の構造をヒントにするものもあります。

 『君の名は。』は、昔話の構造ではなく「夢と知りせば」という和歌がインスピレーションを与えてくれました。夢から覚めてなぜかさみしいという感情は、小野小町のいた平安時代から、いやそれ以前から今にいたるまで人の持つ共通の感覚だろうと思ったのです。

 そこで、「朝、目が覚めると、なぜか泣いている」と物語を始めることで、観客にも「それは分かる」という気持ちになってもらえるのではないかと考えました。