「オタク“的”料理本」と呼ばれている料理雑誌がある。『クックス・イラストレイティッド(Cook’s Illustrated)』がそれだ。全部で32ページほどの薄い月刊雑誌で、表紙を除くと中味はモノクロ。ギラギラした料理写真がこれでもかこれでもかと目に迫ってくる料理雑誌が多い中で、まことに地味な存在だ。

 ところが、このクックス・イラストレイティッドは、不況をものともせずに購読者数を伸ばし続け、今や軽く100万部を超える部数を売り上げている。雑誌だけではなく、PBS(アメリカ公共放送)での人気料理番組『アメリカの実験キッチン』も制作。その上、最近はラジオ番組も始まった。アメリカの中で根強い人気を誇る料理メディアブランドなのである。

 まず、このクックス・イラストレイティッドとはどんな雑誌なのかを、ざっと説明しよう。

 毎号掲載されるレシピの数は10件ほど。ビーフ・ケバブとか、スーパークリスピーなフライド・チキンとか、アップルパイなどといった料理である。特に奇をてらったものではなく、ごく普通の食材を用いて調理できるもので、いつも食べたくなるようなタイプの料理が多い。

 ところが、それが普通のレシピかというと、そうではない。たとえば、チーズケーキだとすると、ここに最終的なレシピが掲載されるまで、クックス・イラストレイティッドのキッチンでは45種類のチーズケーキを作っているのだ。チーズの種類や焼く時の温度、土台の素材など、ありとあらゆる可能性を探った最後に「もっともおいしいレシピ」をひとつ選んで載せるのである。

 レシピのページには、ああやってみた、こうやってみたといったことが詳しく説明されている。アップルパイならば、どの種類のリンゴを使うと酸味がきつすぎるとか、スローロースト・ポークの場合は、スパイスをこすりつけて2時間、4時間、6時間、あるいは一晩寝かせたもののどれが一番肉を柔らかく、おいしくさせたかなどということが記述されている。