クライマックスは
難易度の高い濃茶

 神妙な面持ちでひと口飲み込んだCEO、意味深な表情でニヤリ。そのなんともいえない顔つきに全員が爆笑。張り詰めていた空気が吹き飛んだ。やはり、濃茶はハードルが高かったか。と思いきや「苦いけど甘みもあって、ムースのようになめらか。おいしかったよ」と、上々の反応が返ってきた。

初めて体験する濃茶にニヤリとするトルステン・ミュラー・エトヴェシュCEO

 次客も続いて、かつて戦国武将たちがそうしたように、一碗を次々、大切に回し飲みしていく。その後、秋の意匠をかたどった干菓子をつまんで喫した薄茶(うすちゃ)は「まるでラズベリーのような風味があるね」。感じ方はひとそれぞれだが、CEOは抹茶からみずみずしい自然の恵みを感じとったようだ。

 お茶を飲む間、質問が乱れ飛ぶ。「茶筅は何でできてるの?」「茶碗も古いの?」などなど。

 西洋の華美なアンティークとは真逆の、侘びた風情の道具もゲストの目には新鮮に映るようだ。また、宇田川さんの所作の一挙手一投足にも注目が集まった。

「なんで茶入や茶杓(ちゃしゃく)を拭くの?」

 すでにきれいな状態の茶入や茶杓を客の前で拭くことは「これらの道具は清らかです」という表現として行われる。

美が宿る細部に
目が釘付けに

「細かい動作のひとつひとつにも意味があるじゃないですか。細部にまでこだわって妥協をしない姿勢はロールス・ロイスのものづくりにも共通します。今日はそういうこともCEOに感じてもらいたかったんです。しかも点前(てまえ)をする指先が全部揃っていて、きれいでしょ。日本ならではの美意識ですよね」とミッチェルさん。

 実は「夜咄Sahan」はシェイカーを振るバーテンダーが常駐する、バーとしての顔ももつ。ミッチェルさんは語る。

「伝統を守る一方で、次世代へ文化を伝えるためにカジュアルダウンをしているのも、こちらの魅力。でも、決して妥協をしていないんですよね。また、作法を知らないから怒られるんじゃないかってドキドキしていたのですが、宇田川さんの気遣いのおかげでCEOも自然に楽しめたようです」

 この後も仕事があるとのことで、みんな泣く泣く締めのカクテルを辞退。それでも大満足での散会となった。表に出れば、何事もなかったかのような住宅街を後にして。陰翳礼讃を地でゆくおもてなしは大成功に終わったようだ。

夜咄Sahan 宗和流十八代、宇田川宗光さんが手がける、原則、紹介制の茶の湯空間。7席の小間で、懐石からお酒、濃茶、薄茶までのフルコースの茶事から、料理とお酒だけの席までゲストの要望に合わせたおもてなしを提供する。夜はバーだけの利用も可。住所は東京都新宿区上落合某所 TEL非公開