ポルシェ911は1963年に初代がデビューしていらい、リアエンジンのレイアウトを変えることなく連綿とモデルチェンジを繰り返してきた。人気はけっして落ちることがない。その魅力をテクノロジーに精通した自動車ジャーナリストが語る。
語るひと=松本英雄×小川フミオ
1966年生まれ。東京都出身。1992年~1997年:チームいすゞ(いすゞ自動車ワークスラリーチーム)テクニカル部門のアドバイザーとしてパリ・ダカール参加用車両の開発、製作にたずさわる。1999年~2009年:「NAVI(休刊)」に技術系の連載と新車のインプレッションを執筆。1999年~現在:「WebCG」で自動車に関するユーザーの疑問に回答する「クルマ生活Q&A」を担当。2003年~現在:「カーセンサー」「カーセンサーEDGE」で国産車、輸入車の試乗記や解説記事を執筆。自動車とファッション、文化的側面の研究をライフワークにしており、自動車専門誌以外にもライフスタイル誌に寄稿するほか、自動車メーカーで講演を行うことも。著書「クルマニホン人」「クルマが長持ちする7つの習慣」(二玄社刊)など。
──クルマ好きにとって夢のクルマといえばポルシェ911。夢といっても、いちど911を買ってから何度も買い替えているひともいるぐらいで、夢のように消えてしまうわけではない。どこにそんな魅力があるのかということが今回のテーマです。
松本英雄(以下・松本) 私も司会の小川さんも911のオーナーだったことがあるぐらいで、なぜこのクルマがいいのか分かっているようにも思うのですが、つまるところGT(グランツーリスモ)だから911はこれだけ多くのひとが乗ると思っています。
──GTというのはいくつも概念がありますが、この場合、スポーツカーでなく、すこしクーペ寄りの立ち位置ということですか。
松本 そうです。誤解をおそれず言えば911は純粋なスポーツカーではありません。
──ここを読んでビックリする読者もいるでしょうね。
松本 悪口を言っているわけではないですよ。長距離を速いペースを維持したまま疲労度少なく移動できる。これがGTの最もたいせつな要件で、欧州ではとくに重要視されます。主要市場のひとつ米国を含めて911を買うひとの多くはそんな911の能力を高く評価しているのです。
──ポルシェ本社がある南ドイツのツッフェンハウゼンからミュンヘンを経由してオーストリアのザルツブルグなど何度も出かけたことがあります。快適でした。
松本 ポルシェでは、911の原型ともいえる356を開発していた当時、ごく初期にミドシップのスポーツカーの可能性も考えたようです。でも荷物を積めないクルマではしようがないとリアエンジンにして室内と荷室のスペースを大きく確保したんです。その伝統は63年に発表した911でも引き継がれました。もちろんポルシェでは60年代から70年代にかけて911を出来るだけスポーツカーにしようと考えていた時期はあります。
──松本さんが乗っていた1967年型911Sなんてスポーツカーでしたね。シュンシュン回る6気筒エンジンで。キャブレターの調整が神経質で扱いにくいクルマだったと、一瞬乗せてもらったときに思いましたが。
松本 レースカーみたいなクルマでしたよ。でもポルシェは74年にいわゆる930型にモデルチェンジした際、はっきりとGTの路線を選択したように思いますね。
──911のよさは後席があることですものね。いざとなれば大人も乗れるし。あそこに荷物が置けるのは本当に便利です。どうでもいいようなことかもしれませんが、このパッケージングこそ911の命なんですよね。ポルシェは63年いらいずっとこのパッケージングを守ってきました。大きな変化といえば、74年に930型にターボを設定したことと、89年に四輪駆動化したカレラ4を964型に設定したことでしょう。あとは97年に996型でエンジンが空冷から水冷になりました。それぐらい。
松本 ポルシェは911に関してリアエンジンの後輪駆動というメカニカルレイアウトをずっと守っています。理由としてはフロントエンジンで後輪駆動だとドライブシャフトのような“余計”なものが介在して機械的損失が発生してしまうから。それを避けるためでしょう。911がすごいのはコーナリング時における高い駆動力。内輪と外輪ともに均等にトルクが伝達される特殊な等速ジョイント機構を開発しました。均一な駆動力こそ安定したドライバビリティとハンドリングをもたらします。リアエンジンのもうひとつのメリットとして、ステアリングホイールを右に切っても左に切っても切れ角は同じ。フロントにエンジンがあると干渉されて切れ角が違うケースがあります。コーナーをできるだけ速い速度で曲がろうと思ったら、911のステアリングシステムが有効です。
──リアエンジンだと前輪の接地性が悪くなるという評価もつきまとっていますが。
松本 それがポルシェにとって長年の課題でした。フロントに燃料タンクを置いて、適切な個所への荷重を増やしたりしてきましたね。最終的な結論は4WD化です。964型では後輪駆動のカレラ2より先にカレラ4を出しました。いまでは高性能の911ターボは4WDというのもその証しではないでしょうか。