元BCG日本代表であり、現在早稲田大学ビジネススクールで教鞭をとる内田和成教授と、『統計学が最強の学問である』シリーズの著者、西内啓さんの対談が実現。最終回である今回は、企業の意思決定や現場レベルにどう統計学を導入していくか。そして統計とビジネスの未来はどうなっていくのかを語ります。(構成:崎谷実穂 撮影:梅沢香織)

経営レベルの意思決定に、統計はどのくらい役立つのか?

——ここで担当編集者から補足の質問をさせていただきます。西内さんがいろいろな会社からデータ分析を依頼されるなかで、コンサルティング会社が提出した統計分析のレポートなどを見ることもあると思います。その精度はどのくらいのものなのでしょうか。

西内 一概には言えないですね。戦略的なことを考えるのが中心のコンサルティングファームだと、内田先生が先におっしゃったように、そもそもそこまで細かい数字は求められていないと思います。一方で分析専門の部隊を持つコンサルティングファームもあり、そういうところのレポートは非常に詳細です。

内田 在庫分析など、オペレーション系のコンサルは細かいですよね。機会損失を極力なくしつつ、在庫も減らしたいという場合は、統計がめちゃくちゃ役に立ちます。この分野は私がBCGにいた頃よりも精度が上がってるんじゃないでしょうか。TQC(トータル・クオリティ・コントロール)の分野は統計を駆使して発展してきた歴史があるので、その流れがいまもあります。ただ、経営の意思決定はまだまだ、経験や勘が活きている世界ですね。

——現状では、統計学はオペレーション系と相性がよく、経営レベルでは改善の余地があるということですね。将来的にはどうなるのでしょうか?

 念のために言うと、完全に分断されているというわけではないんですよ。経営の意思決定でも、リスクマネジメントなど分野によっては統計が使われるようになってきています。でも、僕がある会社の社長だったとして、後継者候補が二人いてそのどちらにするかというときに、統計ソフトで解析しようとは思わない(笑)。もしかしたら、今後はそうしたことにも統計が使われるようになるかもしれないけれど、今のところはちょっと遠いかなと。

西内 経営における統計学の使われ方を説明するには、やはり人事の例がわかりやすいかもしれません。今後も続く会社であれば、人の採用はこれから100回以上やりますよね。だから、その判定の精度を数%良くすると、採用するなかに優秀な人が入っている確率が上がって、全体的な業績も上がるでしょう。そこでは統計学が活躍する。でも、今この瞬間というタイミングでAさんとBさんのどちらを後継者にするか、といった二度とない選択肢の場合は、多少こちらのほうが成功確率が高い、くらいのことはわかったとしても、統計学だけで決められるわけではないでしょうね。

内田 富士フイルムがフイルム事業をやめるかどうかといった大きな決断は、統計処理を駆使すれば答えが出るかといったら、出てこないですよ。人間の経験や勘が活きる世界が狭まっていることは事実です。でも、世間で言われるほどデータをぶん回して解析したら良い意思決定ができるのかというと、そんなことはないでしょうね。

内田和成(うちだ・かずなり)早稲田大学商学学術院教授。東京大学工学部卒業。慶應ビジネススクール修了 (MBA)。日本航空、ボストン コンサルティング グループ (BCG) を経て、現在に至る。2000年6月から 2004年12月まで BCG 日本代表を務める。ハイテク、情報通信サービス、自動車業界を中心にマーケティング戦略、新規事業戦略、中長期戦略、グローバル戦略の策定、実行支援を数多く経験。2006年度には世界の有力コンサルタント、トップ25人に選出。 2006年4月より現職。近刊『BCG経営コンセプト―市場創造編』、ベストセラー『仮説思考』など著書多数。

西内 啓(にしうち・ひろむ)
東京大学大学院医学系研究科医療コミュニケーション学分野助教、大学病院医療情報ネットワーク研究センター副センター長、ダナファーバー/ハーバードがん研究センター客員研究員を経て、 2014年11月より株式会社データビークルを創業。 自身のノウハウを活かしたデータ分析支援ツール「Data Diver」などの開発・販売と、官民のデータ活用プロジェクト支援に従事。 著書に『統計学が最強の学問である』『統計学が最強の学問である[実践編]』(ダイヤモンド社)、『1億人のための統計解析』(日経BP社)などがある。

現場の仕事をなくすのではなく、現場の知を活かすために統計を使う

——最近、人工知能が人間の仕事をなくすのではないかという予測がしばしば話題になります。お二人は、人間の経験や勘が活きる余地が小さくなっていく今後の世の中で、どんな仕事が残ると思われますか?

西内 定型化されるところまでをつくる仕事、でしょうか。たとえば、すごく同質性の高い作業を1000回繰り返すという場合は、プログラムを書いたほうがいいとすぐわかりますよね。また、せいぜい1回とか2回で終わる作業なら手作業の方が速い。でも、その間に自動化したほうが良いのか、手でやったほうがいいのか判断がつかない仕事がたくさんある。1回ずつの同質性が高いのか、例外が含まれている可能性はあるか、といったところを見極めて枠をつくる仕事は、コンピュータにはすごく難しいんです。だから、そこは人間がやるようになると考えています。

内田 よくコンピュータの世界では、AI(Artificial Intelligence)なのか、IA(Intelligence Amplifier)なのかという議論がありますよね。AIはコンピュータが人間の仕事を代替していくという考え方で、IAはコンピュータが人間の仕事をより拡張したり楽にしたりするものであるという考え方です。西内さんの立場は、この本を読む限りではIAなんじゃないかと思うんですよ。人間がより高度な仕事、研究をするためにコンピュータがある。コンピュータによる統計解析を使わないことで、無駄が出たり、仕事や意思決定の質が落ちたりしたらもったいない、というスタンスだと理解しています。

西内 おっしゃる通りです。日本のTQCの手法が80年代にアメリカで注目されて、工場で実際に現場のスタッフ達に不良品の数などを集計させようとしたら、まったくうまく行かなかったんですよね。アメリカは教育格差が大きいので、現場の人には大きな負担になったからなんだそうです。一方日本だと、戦後の時代から現場レベルでもしっかりオペレーションの効率化ができるくらいに均一な教育がされていて、そこが日本の強みであると理解しています。
 ITやビッグデータの分野でも、アメリカはすごく中央集権的にコンピューティングリソースを使って、現場の細かい話は置いておいてすべて自動化しようとする。でもそれを現場のレベルが高い日本の会社でやるのは、もったいない。むしろ、現場のノウハウや暗黙知をデータでつなぐことで、「実はこうやればよかったんだ」ということが見えてくるんです。そういうことがいろいろな会社で起こってほしいと思って、『統計学が最強の学問である』シリーズを書いています。

内田 アメリカは基本的に資本主義で、人は経営資源の1つだと考えている。僕は、日本は基本的に人が中心の「人本主義」だと考えています。だから、人にいかに生産性高く、気持ちよく働いてもらうかが大事で、そのためにTQCの仕組みもコンピュータもある。統計学も人を中心において、人がもっとミスなく、うまく、楽に働けるように使えばいいと思います。オペレーションの現場ではすでにそういうふうに統計が使われていますよね。営業や総務、人事などの分野ではまだまだ余地があると思いますが。

西内 そうですね。統計的な生産管理や品質管理をすごく徹底しているメーカーで、「人事や営業に統計処理を使っていますか?」と聞いたことがあるんです。そうしたら、「考えたこともなかった」という答えが返ってきました。エンジニアとして働く人とオフィスで働く人のキャリアパスがはっきり分かれてしまっていて、せっかくの統計学の知恵は後者の場では全く触れられないそうで。工場であれだけ徹底してやっていることを、そのまま人の採用や広告の打ち方などに応用すると、ものすごく生産性が上がりそうだと思ったのですが……(笑)。

企業にデータ活用を浸透させるコツは、「不平等に扱う」こと

内田 その話を聞いて思い出したことがあります。20年以上前に、銀行に営業店支援システムを導入するという流れがあったんですよ。どういう商品を売ったかとか、顧客の家族構成や資産などをデータベースで管理しようと。でも、そのシステムの導入に大反対している支店長がいたんです。彼は行く先々で最高の業績を上げていたので、彼にはぜひ使ってもらいたいと説得しにいったんですね。そうして、彼がどういう営業をしているのか取材したら、おもしろい事実がわかりました。大学ノートにびっしり、顧客のデータを書き込んでいたんです。家族構成、年齢、職業、配偶者が働いているかどうか、当行で預かっている金額と、その他の金融機関に預けている資産はいくらか……。

西内 コンピュータのデータベースで管理するようなことを、全部ノートでやっていたんですね。

内田 そう。彼自身はコンピュータが大嫌いと言っているけれど、やっていることは最先端のデータベースマーケティングだった(笑)。だからコンピュータシステムを導入すれば、他の人も簡単に彼のようなデータをもとにしたマーケティングができますよ、と本部に報告しました。これも、現場のノウハウをデータ分析によって仕組み化できるという例です。このように、今後はマーケティングや採用の面で、統計処理をうまく使って科学的な根拠をもとにやるところとやらないところで、差が出てくるでしょうね。

——いまのお話にあったように、統計的な手法を現場に導入したときに反発が起きることがあると思います。そうしたことを防ぐ工夫などはできるのでしょうか?

西内 私は、反発を食らわないように手順を踏むようにしています。まず、事業部長などのキーパーソンを集めて研修をするんです。『統計学が最強の学問である[ビジネス編]』の冒頭に書いたようなリサーチデザインの話をして、「自社のデータからどのような指標を分析すべきか」ディスカッションしたり、分析結果を読み取る練習をしたりします。その様子を見ながら、データを活用した意思決定に向いていそうな人を探します。最終的なゴールは全社的なプロジェクトであっても、まずはその相性の良さそうな人の権限が及ぶ範囲で成功事例を作るんですね。

内田 現場のことをわかっている人がディスカッションに入っているのは大事ですね。

西内 はい。そして出てきた分析結果の中からすぐに結果が出そう、かつ簡単にできることを洗い出して、試してもらう。1ヶ月後に売上やコストを見て成功していたら、最初は非協力的だった人も「なんかいいことやってるな」と寄ってくる。そういうアプローチをとっています。

内田 僕も企業でなにか新しいことをやる時は、不平等にやるようにしていました。「やりたい」と手を挙げたところに、思い切り経営資源をつっこむ。そして、だんだん「あの部署だけずるい」と言われるようになれば、しめたものです。「不平等」や「ずるい」は大事なキーワード。だって、それは自分たちもやりたいということの裏返しですからね。

西内 不平等が大事、は刺さる表現ですね。今日は、私が手さぐりと企業と付き合っていくなかで見つけたことの答え合わせができたようで、嬉しかったです。いろいろと教えていただき、本当にありがとうございました。
 

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