元ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)日本代表であり、現在早稲田大学ビジネススクールで教鞭をとる内田和成教授をゲストに招いた対談の第2回です。一見例外として無視されがちなデータの特異値こそが、業績改善の大きなヒントになるという話に加え、30年以上前からBCG東京事オフィスで行なわれていた驚きの採用方法が明らかになります。(構成:崎谷実穂 撮影:梅沢香織)

横展開できる特異値を探せ

内田 先に、昔は散布図を鉛筆でプロットしていたという話をしました。私のような理系の人間から見れば、相関はきれいに出た方が良いので、通常の値から外れた特異値は薄く描くという誘惑に駆られました(笑)。

西内 手描きならではですね(笑)。

内田 でも、BCGの先輩には「特異値にこそ、経営のヒントがあるんだ」と言われたんです。実際、特異値がなぜあるのかということを考えるのは、とても仕事で活きるんですね。たとえば、総務部や人事部をクライアントとする、とある会社を担当したときのことです。そこの営業成績は何によって決まっているのかを分析して調べました。そうしたら、xに営業の経験年数、yに個人の営業成績をとると、きれいに正の相関が出たんです。

西内 経験が長ければ長いほど成績がいいんですね。確かに、そういうタイプの営業の仕事はたくさんあると思います。

内田 でもそのなかで、経験年数が少ないにも関わらず、すごく営業成績がいい社員がいたんです。なぜなのか気になって、その人にインタビューをしました。そうしたら、自分でかなり工夫をこらした営業をしていることがわかった。具体的には、決済権のあるキーパーソンのまわりの人を味方にしていたんです。

西内 キーパーソン本人ではないんですね。

内田 そこがポイントです。普通の営業はキーパーソンとなる課長クラスの人に行くんですね。ただ、そういう人は外出していたり会議に出ていたりして、あまり席にいないんです。でもそこで帰らずに、まわりの人を味方にしていくと、「今出かけたばかりだから、午後に出直したほうがいい」「もうすぐ帰ってくるという連絡があったから、ここで待ってなよ」と情報をくれるようになる。また、課長とまわりの人で「今度○○の契約更新なんだけど、A社とB社どっちがいいだろうか」という話になると、味方になっている人たちはその会社を推薦してくれるというわけです。

西内 どうやって、まわりの人を味方にしたのでしょう。

内田 特に効いたのはお土産です。キーパーソンに手土産を持っていくくらいなら、営業パーソンならよくやることでしょう。彼は、そのお土産を必ず、たこ焼きとかアイスクリームとか、「家に持ち帰れないもの」にしていたんだそうです。すると、毎回その場で配られて、まわりの人も恩恵にあずかる。そういうことを続けているうちに、味方になってくれた。これって、とてもありがたい「横展開できる特異値」の例なんです。だって、お土産の中身を「家に持ち帰れないもの」に変えればいいだけですから。これが、その営業パーソンがすごいイケメンで女子社員にむちゃくちゃ人気がある、という理由だと横展開できない(笑)。

内田和成(うちだ・かずなり) 早稲田大学商学学術院教授。東京大学工学部卒業。慶應ビジネススクール修了 (MBA)。日本航空、ボストン コンサルティング グループ (BCG) を経て、現在に至る。2000年6月から 2004年12月まで BCG 日本代表を務める。ハイテク、情報通信サービス、自動車業界を中心にマーケティング戦略、新規事業戦略、中長期戦略、グローバル戦略の策定、実行支援を数多く経験。2006年度には世界の有力コンサルタント、トップ25人に選出。 2006年4月より現職。近刊『BCG経営コンセプト―市場創造編』、ベストセラー『仮説思考』など著書多数。

貧困地域の栄養状態を改善させた特異値とは?

西内 そういうことは、私のもう1つの専門のパブリックヘルスの世界でもありますね。私が以前読んだ、東南アジアの栄養失調の子どもが多い地域のケースです。そこでは特異値を、「ポジティブ・ディビアンス(良い逸脱)」と呼んでいました。その地域に栄養失調を改善する方法はないか、国際機関の人たちが調査に行ったんです。そうしたら当然、基本的には世帯所得と栄養状態が関係しているのですが、例外的にお金持ちの家の子ではないけれど栄養状態がいい子たちがいたんです。その家の生活を見に行ったところ、知れば「なんだ」というような、でも画期的な違いがありました。それは、大人の食べ物と思われていた川エビやさつまいもの葉などを、子どもたちにも与えていたという。

内田 なるほど。おつまみのようなものだと思われて、普通は子どもに食べさせてなかったんですね。

西内 この地域の栄養失調って、単純にカロリーが足りないわけではないそうなんですよね。米などの炭水化物は摂取しているんです。ただ、ビタミンやたんぱく質などの栄養素が足りない。だから、ごはん以外に川エビやさつまいもの葉を食べるだけで解決する。これは現地にあるもので、何の予算もいりません。みんなで意識してそれらの食物を食べるようにしたら、それだけで村全体の栄養状態が改善したんです。

内田 おもしろいケースですね。コンサルティングにも通じます。コンサルティングで大事なのはアクションにつながって、なおかつ費用対効果があることなんです。そして、それはすぐに効果が出ますよね。先ほどの営業成績を向上させる話でいうと、基本的には営業年数が影響しているんですから、リテンション(人材の維持、確保。離退職させないこと)のための施策をとるとか、中途採用をする場合も似た業種の営業経験がある人を採るとか、そういう打ち手が王道です。でも、「すぐできる」という意味では、「おみやげの中身を変える」のほうがいいかもしれない。そして、そのほうがわかりやすく効果が出るかもしれないんです。

西内 啓(にしうち・ひろむ) 東京大学大学院医学系研究科医療コミュニケーション学分野助教、大学病院医療情報ネットワーク研究センター副センター長、ダナファーバー/ハーバードがん研究センター客員研究員を経て、 2014年11月より株式会社データビークルを創業。 自身のノウハウを活かしたデータ分析支援ツール「Data Diver」などの開発・販売と、官民のデータ活用プロジェクト支援に従事。 著書に『統計学が最強の学問である』『統計学が最強の学問である[実践編]』(ダイヤモンド社)、『1億人のための統計解析』(日経BP社)などがある。

30年前から、採用にデータ分析を活用していたBCG

内田 他の話で盛り上がってしまいましたが、そろそろ本の話をしないとですね(笑)。今回の『統計学が最強の学問である』のビジネス編を読んで、ダントツに面白かった章があったんですよ。

西内 おお、どの部分でしょうか?

内田 第2章の「人事のための統計学」です。ここがすごくおもしろかった。人事はもともと経営の意思決定と同じように有効なプロセスが解明されていない世界だったのが、最近はすごく進んでいるということがわかりました。あと、個人的な経験に照らし合わせても納得感がありました。というのは、BCGでは30年前から、面接官の評価と採用後のパフォーマンスをデータで分析して、採用の精度を上げていたんです。

西内 30年前から! それはすごいですね。

内田 学歴や職歴が優秀でも、コンサルタントとして優秀かどうかはまた別じゃないですか。きっと、それまでの採用に失敗して考えたんでしょうね(笑)。コンサルタントに向いた評価軸というのは、地頭の良さを表す「インテレクチュアルスキル」、対人能力である「インターパーソナルスキル」、知的タフネスをはかる「ラーニングスキル」の3つだと考えられていました。それをもとに面接官は評価をする。そして、入社後のパフォーマンスと面接時の評価を照らし合わせれば、正確にスキルを見抜ける面接官、ちょっと甘めに点をつけてしまう面接官、あるいは厳し目につけてしまう面接官が誰なのかはっきり出る。だから、見る目のある人に面接をお願いする、甘め・厳しめに見る面接官の点数には補正をかける、などしてなるべく正確な評価をするようにしていたんです。

西内 それは、グローバルで採用されていた仕組みだったんですか?

内田 僕の知る限りでは、東京オフィスが編み出した方式ですね。コンサルタントはアウトプットがわかりやすいからこそ、できるんだと思いますが。これは僕が1985年に入社した直後からもうやっていたようです。西内さんの本を読んで、手探りでやっていたようで案外いいところをついていたんだな、と思いました。

(次回へ続く)

前回を読む)