つねに世間を賑わせている「週刊文春」。その現役編集長が初めて本を著し、話題となっている。『「週刊文春」編集長の仕事術』(新谷学/ダイヤモンド社)だ。本連載では、本書の読みどころをお届けする。
(編集:竹村俊介、写真:加瀬健太郎)
信頼につながる投資は惜しんではいけない
読者の信頼を得るための投資は惜しまない。
真実を伝えるためには「割に合わない」こともある。「早く記事を出したいが、完璧に裏を取るにはさらに時間がかかる」という局面では、きちんと時間をかけ、人手をかけ、お金をかける。そういった投資は、絶対に惜しんではいけない。
1964年生まれ。東京都出身。早稲田大学政治経済学部卒業。89年に文藝春秋に入社し、「Number」「マルコポーロ」編集部、「週刊文春」記者・デスク、月刊「文藝春秋」編集部、ノンフィクション局第一部長などを経て、2012年より「週刊文春」編集長。
我々にとって絶対に守るべき根幹は「伝えるべきファクトを伝える」ことだ。それこそが読者の信頼を得るための方法だ。そのためのコストを削るというのはいちばんナンセンス。取材費を削ったり、人を減らしたりすれば、自らの首を絞めることになる。信頼の幹をしっかりと太くしていかなければならない。
私は出版局の新書編集部時代に、JR東海名誉会長の葛西敬之さんに『明日のリーダーのために』という本を書いていただいた。中でも印象的だったのが、葛西さんがJR東海の経営を担う立場になって、優先的に取り組んだことだ。葛西さんは、新幹線の車両そのものを改良した。日本の輸送における大動脈を、どこよりも速く、快適にすごせるようにしたのだ。それこそがJR東海の「根幹」だ。その根幹部に、どんどんお金を投資して、幹を太くしていったわけだ。
国鉄時代はずっと赤字だったため、新幹線の車両もそのままだった。老朽化が進んでいた。葛西さんはそこに手をつけた。これはまさに正しい投資だと思った。ビジネスの根幹である大動脈の強靱化。それは国民にとっても有益で、リニア計画もその延長線上にあるのだろう。
目先のコストカットは、長い目で見れば衰退につながる
企業が利益を生み出す上での幹は何かを見極め、どこに投資するのかを決断する。どこを変えて、どこを変えないのか。そういった大局観がないと、目先のコストカットだけで、仕事をした気になってしまう。そういう人間ばかりが評価されるようになると、企業にとって大事な幹を細くすることにつながりかねない。
スクープ主義が成果をあげれば、部数も伸びるし、情報提供も増える。そうなってくると、週刊文春で勝負してみたいと腕に覚えのある記者たちが集まってくる。さらにネタが集まり、ますます売れるという「正のスパイラル」が生まれる。
雑誌が売れれば取材費だってケチる必要はないし、人員を絞る必要もない。安定飛行に入ることができる。もちろん波はあるものの、そういう兆候が出ているのは確かなので、これを大切にしていきたい。一時的な勢いではなく、持続可能にしていきたい。
マスコミ全体が負のスパイラルに入っている中で、他のメディアは徐々にスクープ路線から撤退しつつある。それは週刊文春にとってはチャンスだ。割に合わないリングであっても、そこが「幹」だと信じて踏ん張っていれば、唯一無二の存在になれるはずだ。