野口教授の最新刊『大震災後の日本経済』(ダイヤモンド社)第1章の全文を6回にわたって掲載。大震災によって厳しい供給制約に陥った日本経済。真の復興をとげるために、この問題をどう捉えるべきか。今回は、電力制約があらゆる経済活動のボトルネックになることを指摘する。
GDPの落ち込みは最低でも1.1%
現段階で震災が経済活動に与える影響を定量的に把握するのはきわめて難しいが、一定の見通しを持っておくことは必要だろう。
まず第1に、震災によって生産設備が損壊したことの影響はどうか?
内閣府は、これに関する推計を3月23日に公表した(*1)。これによると、2011年度において、民間企業設備の毀損による生産減が1~2.5兆円、サプライチェーンの切断などによる生産減が0.25兆円だ。したがって、最大で2.75兆円になる。これは実質GDPの0.5%程度に相当する。
しかし、これだけで済むとは、とても考えられない。最大の理由は、この試算では、電力制約による生産減が考慮されていないことだ。これについて内閣府の推計は、「不確実性が高く、各経済主体の対応如何により影響が左右されることから、具体的な値の算出は困難」としている。しかし、電力制約こそが、今後の日本の生産に対する最も重要な制約なのだ。
現代の経済活動は複雑に絡み合っているので、全体としての生産能力が過剰であっても、ボトルネックがあれば、能力を発揮できない。たとえば、機械がいくら並んでいても、動力がなければ動かすことはできない。今後は、電力があらゆる経済活動のボトルネックになる。
では、その影響はどの程度のものか?
すでに述べたように、11年度における企業の電力消費は、日本全体で3%程度減少すると考えられる。これが経済活動にどの程度影響するだろうか?
まず、鉱工業生産指数は、ほぼ電力と同率で減少すると考えることができる。すると、11年度の鉱工業生産指数は3%程度下落すると考えられる(*2)。
ただし、こうした事態は初めてのことなので、正確な評価を過去のデータに基づいて行なうのは難しい。計画停電方式で電力供給が止まると、生産再開に時間がかかるので、3時間の停電でも生産ラインは6時間止まるとも言われる。そうしたことがあれば、今年度の生産活動が3%以上減少してしまうこともありうるわけだ。
これによってGDPはどの程度減少するだろうか? 製造業の付加価値は、産業付加価値の2割を占めている(*3)。そこで、GDPは3×0.2=0.6%ほど縮小すると考えることができる。この数字は、内閣府の見通しによる設備が災害によって直接損壊された影響よりも、大きい。つまり、健全な生産設備を電力不足で稼働できない影響のほうが、設備損壊の影響より大きいと考えられるのである。
これに上記内閣府推計の生産減効果を加えれば、GDPの落ち込みは1.1%だ。
ただし、これは過少推計である可能性が高い。なぜなら、第1に、上に述べたように、計画停電では生産スケジュールが攪乱されるので、影響が大きい。第2に、電力不足は製造業だけに影響するわけでなく、経済活動全般に影響を与えるからである。
なお、08年度、09年度の実質経済成長率は、それぞれ-4.1%、-2.4%であった(これは、経済危機による需要急減で引き起こされた)。今回も、これに匹敵する経済の落ち込みが生じる可能性は否定できない。
(*1)内閣府、東北地方太平洋沖地震のマクロ経済的影響の分析(月例経済報告等に関する関係閣僚会議資料)。
(*2)大和総研は、電力供給が1%減少すると鉱工業生産は0.92%減少し、鉱工業生産が1%減少するとGDPは0.3%減少するとしている。ただし、電力供給と生産の弾力性は1より高いとの見方もある。大和総研、「日本経済見通し:東北地方太平洋沖地震の影響に関する暫定的な見解」、2011年3月18日。
(*3)第5章に示すように、2009年度で、産業の付加価値は423兆円、製造業の付加価値は84兆円なので、製造業の比率は20.0%。