今後数年間、復興投資によって総投資額が10%程度増加する

 他方では、災害からの復興のため、投資が増加する。まず、公共主体による社会資本施設の復旧が必要だ。企業は、工場などの生産設備の復旧を進める。それに加え、住宅投資が必要だ。その総額はどの程度になるだろうか?

 被害総額について、前記内閣府の分析は、16~25兆円としている。これは、阪神大震災における被災地の毀損額が9.6~9.9兆円だったとされているのと比較すると、かなり大きい。

 これとは別に、つぎのように考えることもできる。今回の災害で被災した方々の総数は、総人口の1%近くに達した可能性がある。そこで、仮に日本の実物資産総額(2007年末で2500兆円)の1%が失われたとすれば、損害額は25兆円だ(実物資産の中には土地も含まれるが、津波の被害を考えると、土地も損傷したと考えられる)。

 復興のための投資額は、この復旧をどの程度の時間をかけて行なうかによる。内閣府資料は、3年間程度で毀損ストックを再建するシナリオを想定している。完全な復旧には数年を要するだろうが、主要な投資は早急に行なわれなければならない。したがって、今後1、2年間の年間投資額は、10兆円程度となる可能性がある。これは、08年度の総固定資本形成112兆円の1割程度だ。つまり、年間投資額が1割程度増えるわけだ。これは、かなり大きな変化である。

復興投資は「巨大な有効需要」にはならない

 復興のための投資が、有効需要となって経済を拡大すると期待する向きがある。

 内閣府の試算も、「ストック再建のための投資が経済にプラスの影響を与える」としており、電力制約による生産の落ち込みを考えなければ、実質成長率は震災のなかった場合に比べて高くなるとしている。

 問題は、実際にこのようになるかどうかである。つまり、ケインズ理論の乗数過程が働くかどうかだ。

 ケインズ理論が想定しているのは、供給能力に十分な余力があるにもかかわらず、需要不足のために生産能力をフルに活用できない状態だ(「不完全雇用状態」)。ここに需要が追加されると、それまで稼働していなかった生産設備が使われて、生産が拡大する。それによって所得を増やした人が消費をするので、有効需要がさらに拡大する。それがさらに生産を拡大し……というプロセスが発生し、最初の追加需要の数倍の生産拡大が実現するとされるのである。

 しかし、いまの日本では、そうしたことにはならない。なぜなら、震災後の日本では、電力制約によって、供給能力に深刻なボトルネックが生じているからだ。電力は、あらゆる経済活動にとって必要不可欠なものなので、需要の増大に応じて自動的に生産が拡大することにはならない。つまり、電力制約があるために乗数過程が生じないのである。

 わかりやすく言えば、つぎのようなことである。いま多数の機械がある工場を想像してみよう。経済危機後は、輸出が減ってしまったので、これらの機械をすべて稼働させることができなくなってしまった。つまり、需要の制約で生産量が減少したのである。このような状況で追加的な需要が発生すれば、機械の稼働率が上昇し、生産も拡大する。これがケインズ経済学が想定するメカニズムである。

 ところが、機械を動かすための電力の供給に支障が生じてしまった。すると、復興需要で製品に対する注文が増えても、生産を増やすことはできない。つまり、供給面での制約によって、生産拡大ができないのだ。今後の日本経済が陥る状態は、基本的にはこのようなものである。

 ただし、一部の業界(建設業、建設機械等)では「復興特需」があるだろう。しかし、それは特定業種で起こることであり、経済全体の所得を拡大させるものではない(なお、そうした「特需利益」を吸収して復興支援に充てるため、法人税の付加税が考えられるべきだ)。
 

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