「方舟」(はこぶね)と銘打ったシェルターが発売され、注目を集めている。3.11以前なら考えられなかったことだが、「需要はあるのか」「心配しすぎ」といった声は少ない。むしろどんな状況でどこまで役に立つのかと、現実的な議論の対象となっているのだ。
商品名は「伊勢の方舟」。愛知県豊田市に本社を置く、株式会社伊勢産業が開発したもので、同社には東海地震や南海地震を想定したシェルター「たすカール君」を発売した実績もある。
「伊勢の方舟」は強固な鋼鉄製で浮力を持つ救命シェルター艇で、2人乗りから25人乗りまで揃っている。2人乗りなどは船というよりカプセルといった趣だ。いざ津波の際には、「沈んだり物の下敷きになることはない」(同社HP)ので、海沿いで避難すべき高台が遠い地域での需要が見込める。
米ソ冷戦期の核シェルター、強盗から身を守るパニック・ルーム(セイフ・ルーム)、竜巻から逃れるための地下室など、こうした分野では米国が先進国だったはず。治安がよく、大竜巻もない日本にとっては半ば他人事だったわけだが、今回の地震、津波、そして原発事故でそうも言っていられなくなった。
日本が何度目かの地震の活動期に入ったとの説もある。事実なら、幸いなことに比較的地震の少ない時期に経済発展を遂げ、不幸なことにさほど真剣に地震の危機を考えずに大都市圏の拡大を進めてきたということになる。
日本の大都市圏の住民で、海外に生活拠点を移すだけの財力、スキル、コネクションを持つ人は少ないだろう。従来どおりの暮らしを続けるしかない。結局のところ、大きな地震には遭わずに済むかもしれない。もう原発での大事故は起きないのかもしれない。だが我々は、今まさに「不測の事態が起きたらどうなるのか」を目撃中なのである。政府の迅速かつ適切な対応は望めないし、責任を取る人間もいないのだ。
自分の身は自分で守るという意味では「伊勢の方舟」や「たすカール君」は良いヒントになる。おそらく、人口密度が低く標高の高い平地で、トレーラーハウスまたは高性能のテントに暮らし、台風や竜巻の際にはシェルターに避難というのが最も「安全」な生活だろう。
もちろん、別の意味でリスクが高いため、実行する人はいないはずだ。しかし、頑丈な家に住むことが叶わないのなら、倒壊しても大丈夫な家屋や、移動できる住居の身軽さも魅力的に思えてくる。
3.11以降、大都市に住むこと、高層住宅に住むこと、海辺に住むこと、ひいては日本に住んでいること自体の意味が変わってしまった。どこに住んでも、人が生きている限り危険はついてまわる。脅えて暮らすのは現実的ではないし、割り切りも必要だ。だが、災害リスクの高い国に住んでいる自覚も、やはり必要なのである。
(工藤 渉/5時から作家塾(R))