早稲田大学ビジネススクール准教授の入山章栄さんと、入山さんと共に研究をしている法政大学経営学部専任講師の永山晋さんをゲストに招いた鼎談の第2回です。
『統計学が最強の学問である[ビジネス編]』を読んで、お二人が口を揃えて「おもしろい!」と言ったのが人事にまつわるデータを扱った第2章でした。(構成/崎谷実穂 撮影/梅沢香織)
SPIは本当に役に立つのか?
入山章栄(以下、入山) 僕が『統計学が最強の学問である[ビジネス編]』で一番おもしろいと思ったのが、第2章なんです。
早稲田大学ビジネススクール 准教授。1996年慶應義塾大学経済学部卒業。1998年同大学大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所を経て、米ピッツバーグ大学経営大学院博士課程に進学。2008年に同大学院より博士号(Ph.D.)を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールのアシスタントプロフェッサーに就任。2013年から現職。Strategic Management Journal, Journal of International Business Studiesなど国際的な主要経営学術誌に論文を発表している。専門は経営戦略論および国際経営論。主な著書に『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』(日経BP社)、『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版)がある。
西内啓(以下、西内) 「人事のための統計学」の章ですね。
永山晋(以下、永山) 僕も第2章、すごくおもしろいと思いました。一般認知能力テストの1つであるSPIを採用テストとして受けさせている会社は、読んだらドキッとするんじゃないでしょうか。本当にそのテストの点数と、自社で必要とされる能力が関連しているのか、きちんと調べている企業は限られているかもしれませんね。
入山 この章は、日本中の人事部の方々にぜひ読んでほしい! 冒頭に出てくるGoogleの事例もおもしろいです。Googleが科学的なプロセスを経て人を採用しており、「ワークサンプルテスト」「同僚からの評価」「職務経験年数」など、各選考の成績がどれくらいその後の生産性や業績と関連するのかを調べているという話は、インパクトがありますよね。
西内 だからGoogleはあれだけ成長していて、イノベーションを起こすこともできるんだ、と納得できるんじゃないでしょうか。ビッグデータを分析して細かいオペレーションを工夫することも大事ですが、それよりも自社が求めるポジションにあった優秀な人を採用する確率を高めたほうが確実に業績へのインパクトは大きいと思います。
入山 ここは僕も強い問題意識を持っていて、日本企業の人事部は宝、つまりデータの持ち腐れになってしまっていることが多いんですよ。残念ながら、統計リテラシーのある人が多くないから。経営学者から見ると、本当にもったいない!
西内 あとは、人事部には「人間が好き」というタイプの人が配属されている場合が多いですよね。そういう人は、1人ひとりを個別の人間として見たい、という気持ちが強い。「300人採用するうえで優秀な人が採用できる確率が5%上がったらいい」といった統計学的な考え方とは、相容れない部分があるのかなと思います。
入山 そして、本にもありましたが採用においては「優秀な人」というのが何を指すのかが問題ですよね。そこは必ず、会社の戦略と紐付いていないといけません。人材は会社のいちばん重要なリソースです。人材レベルが上がれば、会社のパフォーマンスは当然上がる。業績に直結するのだから、「優秀な人」問題は、本来は経営層や経営戦略部門と話し合うべき議題なんですよ。
西内 だから、『統計学が最強の学問である[ビジネス編]』では第1章に「経営戦略のための統計学」をもってきたんです。会社における大枠の方向性、憲法のようなものを共有してから、個別の対策をしたほうがいいということを伝えたかった。
入山 ああ、そうだったんですね。僕は帯コメントを書くために本書を読ませてもらったとき、実は正直に言って、第2章を先に持ってきたほうがいいんじゃないか、と思っていたんですよ(笑)。だって、第2章のほうがすごくパンチが効いてるし、たくさんの人が惹き込まれるだろうなと思ったから。でも、そういう理由があったんですね。
西内 そうなんです。自社が市場でどう戦うべきかという経営戦略をきちんと意識したうえで、どんな人を採ればいいのかを考えないと意味がないんですよね。全社的にサービスを強化したいのか、営業を強化したいのか、製品開発力を強化したいのか……それによってどういう人が「優秀」とされるかは変わってきます。でも、なぜかぼんやりと「仕事がデキる人」というイメージが共有されていて、そういう人を採ればなんでもできると思ってしまう(笑)。
永山 応募者が膨大というのもあるかもしれませんが、SPIが広く使われているのも、優秀な人物像が一様、あるいは不明瞭というせいかもしれませんね。
西内 SPIの点数が良くて、面接でハキハキしゃべる高学歴の人を営業に配置しても、その人に営業の適性がない、ということはしばしばあります。本書で営業成績に影響する要因の先行研究をまとめた結果を示していますが、その論文を見る限り、SPIなどで測れる一般認知能力は営業成績とほとんど関連していないんですよね。言語的知能テストの成績に至っては、むしろマイナスの影響があるくらいです。
入山 そうですよね。むしろ営業だと「人がいい」とか「よくがんばる」みたいなことのほうが、大事だったりするんですよね。
データ分析で、
インド人社員の定着率がほぼ100%に
永山 そういう結果って、意外性があっておもしろいですよね。他の経営戦略、マーケティング、オペレーションについては、データ分析によってある程度予想通りの結果が出てくることが多い。でも、人事って「そこが重要だったとは」という想定外の変数が出てきたりする。だから、探索的なデータ分析と相性がいいのではないかと思います。
法政大学経営学部 専任講師。1982年広島県生まれ。音楽制作会社での制作業務に従事するため、2002年に広島市立大学情報科学部を休学し、その後中退。2007年に早稲田大学商学部に編入学し、2009年に卒業。2011年に同大学院商学研究科修士課程を修了後、2017年に同大学院博士号(商学)を取得。早稲田大学商学学術院助教を経て、2017年4月から現職。 チームや組織のクリエイティビティを主な研究対象とする。『組織科学』、『日本経営学会誌』に査読付論文を掲載。入山章栄准教授との共同研究論文が2016年のAcademy of Management国際カンファレンスにて、組織論部門ベストペーパーにノミネート。
入山 あと第2章は、ビジネスパーソンにとって完全に「自分事である」というのも、おもしろい理由の1つだと思います。経営戦略だと100社くらいの会社のデータを回帰分析して、成功するパフォーマンスの要因は何か探ったりするので、「こういうことで儲かる会社は確かにあるだろう。でも、自社には当てはまらないんじゃないか」と考えられることも。でも、人事で分析するデータは、自社の社員についてのデータだから、分析の結果が自社の業績に直結する。
だからか、僕が早稲田大学ビジネススクールで担当しているゼミは、一部上場企業の中堅クラスの生徒が多いんですけど、彼ら・彼女らが修士論文のテーマに選ぶのって人事関係のテーマが多いんですよ。
西内 へえ、そうなんですか。これまで、どんな研究テーマがありましたか?
入山 たとえば、某プラント系の企業のインド支局長だった生徒は、現地でインド人の部下がすぐ辞めてしまうことが悩みだったんですよね。それを、現社員と辞めた部下にアンケート調査をとって、辞める人と辞めない人はどう違うのか、何の要因が辞めることに関連しているのかを統計解析したんです。そうしたら、よくインドでは給料が原因で転職を繰り返すと言われていたけれど、違うということがわかりました。本当は、これから自分が社内でどうキャリアアップできるのかわからなくなり、先がないのではないかと不安になって辞める人が多かったんです。だから、キャリアパスをクリアにすることで、社員の定着率がほぼ100%になったという結果が出ました。
西内 それはすごい! 離職率は少し下げただけでも、確実にコストが下がりますからね。やればすぐ成果が出る施策が見つかったのは、嬉しかったでしょうねえ。
『統計学が最強』シリーズを
使い倒すためのガイドがほしい
入山 ゼミの学生に回帰分析をやらせるときは、「ここはこういうデータを使ったほうがいい」「この変数とこの変数は相関があるから足しちゃいなよ」といったアドバイスをしているんですけど、そういうところも『統計学が最強の学問である[ビジネス編]』にちゃんと書いてありますよね。実用的だな、と感心したんですが、厳密な統計学の視点からすると、けっこう大胆な割り切りをしているところもあるんじゃないですか?
西内 そうですねえ。そこは読みやすさや実用性が増すのであれば、というところですね。本書の内容チェックには、もう1人統計学の専門家、専修大学の岡田謙介先生に力を貸してもらっているんです。彼と「この表現、ぎりぎりでコーナーを攻めて曲がりきれてますかねえ」「これくらいなら大丈夫でしょう」みたいなやり取りをしています(笑)。もちろん、誤解を招くとか、間違っているということであれば修正しますが、今のところ大丈夫みたいですね。
入山 なるほどなあ。僕は最初の著書『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版)を書いているとき、経営学の素人でもわかるように、でも経営学の専門家が読んでもおかしくないように、と考えていたら、「こうです」と言い切れない箇所がいっぱい出てきて大変だったんですよね(笑)。西内さんは、思い切りよくシャープに書かれている。
西内 自分自身、統計学の数理的な部分をガチガチに勉強していた時期もあるので、それをベースに「ここまで言っても大丈夫」という判断ができるのかもしれません。
永山 この本って、実際に分析をしてみたうえで読むと理解が深まりますよね。たとえば、人事における統計解析は、アウトカム(※)の設定が難しいと書いてある部分など、自分でやってみたらよくわかると思うんです。
※ 達成したい指標。分析することでどうすれば最大化、または最小化できるか知りたい値。結果変数や従属変数と呼ぶことも
入山 そうだよね。ガイドラインのウェブサイトとか作ったらいいんじゃないですか? 「分析中、こういうことでお困りのあなたは◯◯ページを読んでください」みたいな、悩み別にページをガイドしてくれるものがほしいですね。
永山 たしかに。文章が読みやすいのでつい本の頭から読んでしまいますが、実際に分析で必要になる箇所は真ん中のあたりにあったりしますからね。
西内 参考書的に使うということですね。そうやって使い倒してもらえたら、ありがたい。ガイドについては、ダイヤモンド社にお願いしてみます(笑)。
入山 こういう統計学を教える本が売れて、ビジネスパーソンが手を動かして分析するようになるのは、とても良いことだと思います。正直、総合シンクタンクでエコノミストとして働いていたとき、エコノミストやコンサルタントでも統計学をわかっている人は多くないと感じていました。失礼ながら、けっこうあやふやな分析をしている方もいるんですよね。そして、提案先のクライアントにはもっと統計学の知識がない。場合によっては数式が出てきただけで拒否反応を示す、みたいな。それだと、あやふやな分析に騙されてしまうし、極端に楽観的な予測を信じて判断を誤ったりする。統計学のリテラシーが高まれば、そういうことも減っていくと思います。
【第1回を読む】