しあわせは遠い

 南武線武蔵新城駅のまわりには焼き肉店が10店舗はある。そのなかで、ホルモン焼肉の「しあわせや」はもっとも遠い。駅から15分ほど、とぼとぼと歩いていくのだが、その間、頭のなかに浮かんでくるのは「しあわせは遠い」という感想だ。だが、店の前まで来ると、なかの照明はやたらと明るい。しあわせは明るいものだと感じる。

 一歩入ると、女子高生アルバイトが「いらっしゃいませ」と大きな声で迎えてくれて、加えて、にっこり、盛大に笑ってくれる。オヤジにとって女子高生の笑顔は非常に貴重だから、重い気分は吹き飛んで、とたんにしあわせになる。

 そんな同店の特徴は女子高生の笑顔だけではない。なんといってもホルモンの盛り合わせだ。コプチャン(小腸)、シマチョウ(大腸)、ネクタイ(食道)、レバー(肝臓)、ハツ(心臓)、ミノ(第一胃袋)、ハチノス(第二胃袋)、センマイ(第三胃袋)、コブクロ(子宮)……。味噌味のタレをつけたホルモンを6種類から8種類を盛り合わせて出す。

 小盛から特大盛まであるけれど、中盛(300グラム1280円)で充分だ。他の焼き肉もあるから、中盛にしておいた方が無難だろう。

 店主の大久保正則氏はかつてマグドナルドに勤務していた。48歳、独身、昭和風ハンサムの人だ。

「17年間、マックに勤めていて、6年前に店を開きました。退職金を全部つぎ込んでます。焼き肉を選んだのは、炭火の温かさが好きだから。炭火で肉を焼いていると、しあわせな気分になるんです。ホルモンの盛り合わせを出している焼き肉店は他にもありますけれど、たいてい、一緒くたに混ぜて出します。うちではひとつずつ、種類がわかるよう、盛り付けています。形と名前がわかった方がお客さまが安心できると思うからです」

 ホルモンはいずれも牛のものだ。いちばん人気はコプチャン。脂肪の甘みを感じる部位である。そして、大切なのはホルモンの焼き方だ。

「コプチャン、センマイのような白いホルモンは焦げるくらい焼いてください。ハツ、ネクタイなどの赤いホルモンは焦げる寸前で網から降ろす。ホルモンですから、生よりも火が通っている方が安心だと思います」(大久保さん)

 しあわせやは家族連れの客が多い。大久保さんは子どもたちが生のホルモンを食べないように、テーブルを回っては、「白いホルモンはよく焼いてください」と注意を繰り返している。独身だけれど、子どもが好きなのだろう。