財務省の最強チームを相手に
徹底抗戦した前川

 しかし、前川もまた“信念の官僚”だった。二人は育ったバックグラウンドや手法こそ異なるが、タイプとしてはよく似ている。永田町に広い人脈を持ち、政治家への説明も上手ければ、“寝技”もできる。時流を見極める感覚があり、国民の声を反映した政策に官僚生命までも賭そうとする…。少々褒めすぎかもしれないが、前川はそんな官僚だった。

 筆者が、前川元次官の名前を知ったのは、小泉政権の時代である。“聖域なき構造改革”をスローガンとし、「三位一体の改革」を推し進めた。これは国と地方公共団体の行財政システムを改革するという壮大なものだった。柱は(1)国庫補助負担金の廃止・縮減、(2)税財源の移譲、(3)地方交付税の一体的な見直しの大きく三つだった。

 この過程で、存廃の対象となったのが、文科省の「義務教育国庫負担制度」だった。小泉元首相の意を受けた財務省は、「財源を地方公共団体に移譲した上での一般財源化」を主張し、地方6団体の同意を取り付けた。

 この時の財務省側のメンバーがすごかった。当時、主計局次長で後に次官を務めた勝栄二郎(50年入省)を中心に、やはり後に次官となる香川俊介(54年入省)らが脇を固めるという最強のチーム。この時点で、義務教育国庫負担金は廃止が決定したようなものだった。

 ところが、そこに立ちはだかったのが、前川を始めとした「チーム前川」とも呼べる中堅文部官僚の一派だ。

 当時の前川は、初等中等教育局初等中等教育課長で、省内に理念と志を同一にする「奇兵隊」を組織し、財務省とそのバックにいる小泉、当時の懐刀だった幹事長の安倍(05年より内閣官房長官)に対して徹底抗戦を見せたのだった。