72年ぶりのコメ先物市場再開<br />阻止できなかった農協の焦りコメ生産者が先物市場の相場をにらみながら作付けや出荷を決める日が来るかもしれない
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 農協が組織を挙げて反対してきたコメ先物取引の試験上場が7月1日に認可され、東京穀物商品取引所と関西商品取引所は8月8日から取引を開始することを決めた。

 これを受けて農協の中央組織であるJA全中(全国農業協同組合中央会)は本上場阻止に向けて引き続き運動を展開していくことを表明したが、「これは農協の歴史的敗北だ」と農政に詳しいキヤノングローバル戦略研究所研究主幹の山下一仁氏は語る。

 江戸時代に始まり、戦時経済下の1939年に廃止されるまで商品取引の主役だったコメの再上場は、取引所関係者にとって長年の悲願だった。東西の商品取引所は2005年にもコメ先物の試験上場を申請。このときは認可寸前までいったものの、「農協の反対によって土壇場でひっくり返された」(取引所関係者)。当時は自民党政権下であり、農協の政治力は往時に比べ衰えたとはいえ、農政に対して大きな影響を及ぼす力を保持していたのである。

 ところが民主党政権に代わり、農協の政治力は大きく衰えた。今回の試験上場認可はそれを象徴する出来事だったのである。

 それにしても、農協はなぜコメ先物の上場をいやがるのか。それは、農協が持つ価格決定権を脅かされるからである。

 農協グループは全農(全国農業協同組合連合会)価格と呼ばれる希望売り渡し価格を提示し、大手卸などと相対で取引価格を決めるが、コメの流通量で5割以上の圧倒的なシェアを持つため、買うほうは「農協の言い値で買い取るしかないのが実情」(コメ卸大手)だ。

 ところが、取引参加者によって価格が決まる先物市場が開かれれば、それが指標価格となり、卸や量販店などが農協との価格交渉の材料に使う可能性が出てくる。

 また、コメ先物市場には現物受け渡し機能があるので、新たな仕入れルートの一つとしても使える。たとえば、10年度産のコメは現在品不足で、足元の相場は上昇基調。このため、「11年度産について全農は価格を引き上げる意向」(コメ卸大手)だが、仮に先物相場の価格が安ければ、農協から買わずに取引所で買い付けるという選択肢が生まれる。実際、今のところ天候に恵まれている11年度産は豊作基調で先安感がある。

 コメ先物が農協の価格決定権を脅かす市場に育つかどうかは、上場後の取引量にかかっている。2年間の試験上場後の本上場の認可は十分な取引量が見込まれるかどうかが大きなポイントとなる。

 たとえば、現在の東穀取の主力商品であるトウモロコシの取引量は1日当たり5000枚(1枚=5トン)程度。これが一つの目安となりそうだが、大手先物取引会社の役員は「取引不参加を表明している農協が無視できないほどの市場に業界を挙げて育てたい」と意気込む。今でも信用(金融)事業に依存する農協の収益構造は、コメの価格決定権を失えば、ますます悪化する。今、コメ先物市場の動向を最も注視しているのは、ほかならぬ農協自身だろう。

(「週刊ダイヤモンド」委嘱記者 田原 寛)

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