「僕もイラクへ行きたいと思っていました。彼も、変われるような気がしたんだと思います」

 当時、若い世代の間で、イラクから凱旋すれば、「神になれる」かのような空気が漂っていた。

「イラクへ行けば、自信が付きそうで、自分がすごく成長できそうな感じがしたんです。ただ僕は、度胸がないので、バグダッドで1泊して、急いで帰って来きますけどね」

 確かに、僕らが若かった頃も、皆、世界に憧れた。五木寛之の著書『青年は荒野を目指す』はバイブルのような存在だった。

 しかし、イラク戦争の頃から、「自己責任」論が叫ばれ、人質になった若者はなぜかバッシングされた。本来、自由に伸び伸びとできるはずの世代にも、「自己責任」という言葉が重くのしかかり、自粛ムードが広がった。

トラウマに振り回されながら生きる
当事者たちの閉塞感

 山崎さんは「貧困の問題で“自己責任だ”と言われると、抵抗を感じる」という。

 お互いに、弱い人がいれば、寄り掛かったり、甘えたり、支え合ったりする。そんな当たり前のことさえも、今では忘れ去られたかのようだ。皆、迷惑をかけないように、一生懸命気遣いながら、閉塞感の中で生きている。

 余裕がなければ動けないし、情報も収集できない。でも、実際には、親の年金だけでカツカツの生活をしている家族も少なくない。

「人間的スキルができてから、社会的スキルを磨いたほうがいい。僕の場合、順番が逆だったので、その間、恋愛もできなかった、人間的スキルが未熟なまま、30代になってしまったんです」

 ボーダーラインの人と接すると、自分の中の問題が連動して覚醒されて出てきてしまう。その辺をうまくコントロールできるかどうかが、当事者性の違いなのだろう。

「未解決のトラウマがあると、どうしても触発されてしまう。カチンとくるのを抑えていて、どんどん苦しくなっちゃう。酒とかカラオケとかバッティングセンターとか、発散すればいいってよく言われるけど、発散することなんて、できないんですよ」

 トラウマが出ないようなバランスをどのようにとればいいのか。その難しいコントロールを維持できるかどうかが、当事者たちに求められている。

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