今回は、第52回コラム(自動車業界編)以来の「円高の恐怖」を扱う。ツユ明け以降、皇居のお堀に群がるミンミンゼミに負けず劣らず、「エンダカドルヤス、エンダカドルヤス」と、やたらとウルサイ。その鳴き声に慣れる前に、ツユ払いとして「裁定取引」という用語を説明しておこう。

「裁定」などというと、おどろおどろしい表現なので、見た瞬間、腰が引けそうなところがある。金融工学を駆使する外資系トレーダーが使う専門用語の響きがあり、読者の大半から「オレには関係ない」といわれそうだ。ところが、ビジネスに携わっている人であれば誰もが行なっている行為である、といえば、驚かれるだろうか。

 『マンキュー経済学Iミクロ編』445ページでは「裁定とは、財をある市場で安く買い、それを他の市場で高く売って、その価格差から利潤を得るというプロセス」とある。オーストラリアの書店が、アメリカで書籍を安く購入し、それをオーストラリアの読者に販売する例が紹介されていた。要するに、企業の損益計算書に計上されている営業利益や当期純利益などは、裁定取引の結果を表わしているのだ。

 しかし、「言うは易く行うは難し」であり、実際に安く買って、高く売るのは難しい。そのような話を、東京市場で辣腕を振るう外資系トレーダーと話していたら、「難しくはないですよ」と一笑に付されてしまった。

 彼がいうには、地域差を利用した裁定と、時間差を利用した裁定があるらしい。地域差とは、先ほどのオーストラリアとアメリカの例が当てはまる。時間差とは、ドルやユーロなどの外国通貨の売買が典型だという。

 例えば、〔図表 1〕の「対米ドル相場」を使った裁定取引とは、今日と明日以降の時間差を利用したものだ。さらに〔図表 2〕の「対ユーロ相場」を合わせると、時間差と地域差を利用した裁定になるのだという。当然これらに「先物」も加わると、筆者には異次元の世界だ。

アルゴリズム売買に逆行する
トレーダーのアナログな訓練方法

 〔図表 1〕と〔図表 2〕を見比べて明らかなように、2010年は「裁定に生きる」トレーダーとして、腕の見せ所であったという。特に〔図表 2〕の対ユーロ円相場を見ると、東日本大震災のあった11年3月(108円30銭)よりも、10年8月(105円70銭)のほうが、円高ユーロ安がきつかった。