真のグローバル経営を経験してきたビジネス・リーダーが、日本社会・日本企業の課題に対し『和魂洋才』の新たな視点から解決策を提案する「GAISHIKEI LEADERS」。そのメンバーが、経営のグローバル化と日本のユニークな強みを調和させた新しい「グローバル経営論」を解説するセミナー(共催/司会:ISSコンサルティング)の内容をダイジェストでお届けします。
今回のテーマは「デジタル変革期における音楽ビジネス」。ギタリストでもあるメディア戦略コンサルタントの松永エリック・匡史さんが、音楽が発展してきた歴史を振り返った前編につづき、後編では“4人目のY.M.O(イエロー・マジック・オーケストラ)”としても知られるシンセサイザープログラマーの松武秀樹さんと、音楽ビジネスにおけるビジネス革命のリアルについて議論した内容をダイジェストでお届けします。
Y.M.Oはコンピュータを信用しすぎず
人間も一緒に戦おう、という姿勢だった
松永 ここから、Y.M.Oのサウンドプログラマーを手掛けてこられた松武秀樹さんをお呼びして、アップルの軌跡を参考に近年の音楽ビジネスの進展をみながら、様々な議論していきたいと思います。松武さんは、ローランドMC-8というマイクロコンポーザー(自動演奏装置)を早くから取り入れて、新しい音楽をうみだされてきました。
松武 MC-8は当時、大衆車が2台買える値段でしたけれども、それまでのアナログ式のシーケンサーと比べると飛躍的に記録容量が増え、正確無比で、すごい速弾きも可能なドリームマシーンだというので購入したわけです。
松永 アップルが音楽ビジネスとかかわりを深めるのが1984年の「Lisa」リリース以降だと思うのですが、マッキントッシュシリーズも当初から使っておられましたか。
松武 そうですね。マッキントッシュが出てきたという話は新聞や雑誌で見ていただけで、当初は音楽よりゲームやハイパーテキストのソフトが多いイメージだったので、そんなに興味がなかったんです。でも、だんだん音楽のソフトが増えてきて、非常に使えるというので、買わざるをえなくなった。これまで十数台買い替えて、何千万円使ったかわかりません。キャッシュバックしてもらいたいぐらい(笑)。
松永 新しいマシンで、常に最先端の音楽づくりを目指していらした。
松武 FSK信号という演奏データをSave/Loadして使っていたのですが、演奏と同じ時間だけロードしなければいけないなど、手間もかかるマシンでした。それでも、危険だけどあえて挑戦して、他の方たちと違うオンリーワンの演奏をしたい、という気持ちが強かったです。
松永 バンドとして初めて衛星生中継をしたのもY.M.Oですよね。米国から、ポリスやカーペンターズなど豪華なゲストが印象的でした。
松武 最初の演奏では、先ほど紹介したMC-8と、リズムボックスを同期にかけて一緒に鳴らさなければいけなかったんです。そのためには、リズムボックスのスタートボタンを押してレディ状態にしておかないといけないのに、間違えて先にMC-8を押したら、半拍ずれちゃって(笑)。
焦った顔をしちゃいけない、と平然とした顔をしていると、(ドラムの高橋)幸宏さんが直してくれというサインを送ってくるんですけれども、結局直せなくて。幸宏さんはさすがで、それに合わせて最後まで叩いてくれました。幸い、衛星中継の音声がおちていたようで、視聴者にはほとんど分からなかったみたいなんですけど(笑)。
松永 いまはマッキントッシュが全部管理してくれるので、そうした不測の事態が起こるリスクは随分減っていると思います。緊張感という意味でも演奏者としての感覚は変わってきてますか。
松武 たしかに、PCの性能はすごくよくなりましたよね。でも、自分のスタンスはそんなに大きく変わってないかな。
昔はめちゃくちゃ緊張してましたけど、あえて危険なことをしているので、どこで何が起こるか分からなかったから準備もしてました。シーケンサーのスタートボタンを押した途端に一気にデータが輩出されてしまって、4分ぐらいの演奏が5秒ぐらいで終わっちゃった、なんてこともありました。やろうと思ってできることじゃないのですが、そういう場合は矢野顕子さんのリフで始めようとかという打ち合わせも事前にできていた。まあコンピュータを信用しすぎず、Y.M.Oは人間も一緒に戦おうというバンドだったんです。
楽器が手軽に手に入る便利な時代
だからって「いい曲」ができるわけじゃない
松永 当時すごい人気でしたが、ファン層はどんな感じでしたか。
松武 国内では、圧倒的に男性が多くて、頭くりくり坊主の中高生がいっぱいいました。ちょうど高度成長期の真っただ中にあって、よくわからないけど凄いことをやっているバンドと思ってもらえていたのではないでしょうか。
松永 音楽にしろ楽器にしろ、所有に金がかからなくなったことについては、どうお感じですか。今ではシンセサイザーを手に入れるのも、ただ同然のアプリでほとんどお金がかからなくなりました。
松武 今では音楽づくりもパソコン1台あれば、CPUの速度も上がっているしメモリもたくさん載せられるし、DAWも昔と比べればクラッシュしなくなったので、曲は作れる。ただ、便利になったからいいものができるわけではないし、設計図と事前の準備がないと新しいものはできないだろうと思いますね。
松永 アップルの軌跡に話を戻すと、1992年に携帯性に優れた「Newton Messagepad」が発売されました。ノートパソコンもそうですし、楽器もこのころから携帯性が注目されましたよね。
松武 Newtonは画期的でしたけど高価だった。
たしかに、このころから楽器も軽くなって運ぶのが楽にはなりましたね。ただ、楽器はある程度重さがあったほうが見た目もいいかなと個人的には思います。
松永 そして、いよいよ2001年にiTunes、2003年にiTunes Music Storeがでてきた。最初はこんなの絶対にうまくいかないと思ったんですけど。松武さんは、どう感じられていましたか?
松武 便利ですけど、コンテンツを作った人への対価の還元をどうするかが、国によっても制度が違うし十分整理されないといけないですよね。米国はSoundExchangeという権利料徴収機構が米レコード協会(RIAA;Recording Industry Association of America)と一緒になって、クリエイターにそれなりの対価を還元できる仕組みを作ってます。それでも、一部には反対派もいて。反対派がよく言う理由に、一曲だけじゃなくて、アルバムで聞いてほしいから、という点があります。私もそれは同感ですね。こうしたデジタル配信の課金方法などについて日本はまだまだ遅れているように感じます。
松永 さらに、2008年にはiTunes Geniusというリコメンデーションサービスも出てきました。
松武 松永さんはリコメンデーションサービスに否定的だったけれど、私は結構好きですね、自分のこと理解してくれてるな、と思って(笑)
松永 いや、僕は単純に否定してるわけじゃなく、安易なレコメンドが多いなと嘆いているだけです。愛があるサービスには敬意を払っていますよ!
東京オリンピック開催時には
文化のおもてなしとしてライブを!
松永 いまアナログレコードが売れてきたり、最新技術側でもハイレゾリューションが人気が出てますけど、こうした動きをどう捉えていらっしゃいますか。
松武 まだまだこれからかもしれませんね。アナログもハイレゾも素晴らしくいい音だけど、家で聞くにはそれなりの道具を用意しないといけないのが問題かなと思います。てっとり早くそれを味わえるのは、やはりライブではないでしょうか。それも、なるべくPDAを介してないものをね。携帯端末でもハイレゾ版があるけど、出口のアンプやスピーカーにそれなりの道具が必要でしょうし。
ただ、そういう昔の技術が復活する動きがあるのはいいですね。私は、今でもカセットを聞いてるんですよ。音が結構いいんですよね、ハイ落ちした硬質な感じで。ソニーがまたラジカセを出すと聞いて、絶対買おうと思っています。
松永 アップルは音楽のソーシャルネットワークにも進出しようとして、2010年にiTunes Pingを始めていたんですね。今のFacebookのように、コミュニティに対して「この曲いいよね」などとやりとりする。結果として2年ぐらいでダメになったのですが、要は「いいね」とレコメンドされた曲を聴くにはiTunesで買わないといけない、というのが問題だった。楽曲のシェアが出来なかったんですね。この問題は解決されていたら音楽の世界は変わっていたかもしれません。
松永 近年はライブの人気が高まるなか、いろいろなジャンルのアーティストが集まるフェスも人気です。
松武 日本のフェスはどちらかというとロックとかクラブ系が主流ですけど、もっとオールジャンルでやってもいいんじゃないかと思いますね。もともと日本人は祭りを好きなはずだから。
松永 昨夏、ワンネーションというプロジェクトが都城で地方創生ライブを開催しました。東京のライブだと、お客さんも少し引いていて音楽を「評価」する感じですけど、そのライブのお客さんは本当に一体化して楽しんでいるなあというのが伝わってきた。小さいお子様から車椅子のおばあちゃんまで一緒に踊ったり歌ったり。純粋に音楽を楽しむ姿をみて、思わず泣いてしまいました。自分も気づかないうちに純粋に音楽を楽しむ感覚を忘れてしまったのではないかと考えさせられました。
松武 2020年に東京オリンピックもありますから、日本らしい文化のおもてなしのひとつとしてライブをもっとやれたらいいですよね。音楽以外にも、いろいろ文化はあるわけですけど、中でも音楽はストレートでわかりやすいですから。
シンセサイザーってどうしても現代の楽器だと思われるんですけど、ほかの響きと共鳴することでまた一味違った作品になる。三味線や尺八などともコラボしてますが、ほかにもいろいろ日本らしい表現ができる可能性を秘めていると思っています。