青野 インターンなどをやっています。この前、開発のインターン生から「サイボウズは夜8時になると本当に全然人がいなくなるのでびっくりした」と言われました。いったいどんなふうに思ってたんだ?(笑)。やっぱりプログラマーといえば、みんな遅くまで仕事をしているイメージなんでしょうね。うちはは6時になったら社員がバラバラ帰りはじめて、8時以降は基本的に人がいないですから。

小室 「噂は本当だったんだ」と(笑)。インターン生たちは、実際に自分の目で見て、この時間に帰れたら、社会人になってからでも、いくらでも自己研鑽したり、多様な体験が積めたり、働きながらもずっと成長していけると確信できるわけですね。

働き方改革を阻んでいたのは
自分自身の「偏見」だった

青野慶久(あおの・よしひさ)
1971年生まれ。愛媛県今治市出身。大阪大学 工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現パナソニック)を経て、1997 年8月愛媛県松山市でサイボウズを設立。2005年4月代表取締役社長に就任(現任)。 社内のワークスタイル変革を推進し離職率を6分の1に低減するとともに、3児の 父として3度の育児休暇を取得。2011年から事業のクラウド化を進め、2016年に クラウド事業の売上が全体の50%を超えるまで成長。総務省、厚労省、経産省、 内閣府、内閣官房の働き方変革プロジェクトの外部アドバイザーや一般社団法人 コンピュータソフトウェア協会の副会長を務める。著書に『ちょいデキ!』(文 春新書)、『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)がある。

小室 12年間働き方改革を続けてきて、障壁を感じたことはありましたか?

青野 短時間勤務の制度を作った時ですね。 実は一番の障壁は、自分自身の中にある“偏見”でした。今となっては反省しているんですけど、当時「短時間で働きたい人はライフを重視する人であり、ワークを重視していない人だ」と、どこかで思い込んでいたんです。だから短時間勤務をしている人には、待遇や仕事の渡し方に差をつけてしまっていた。2013年ごろの話なので、そんなに前ではないんです。

小室 その偏見、大半の企業では、今も続いています。それに気づいたのは何がきっかけですか?

青野 今、人事・財務経理・知財法務部門の執行役員を務めている中根弓佳さんの働き方を見ていて気づいたんです。彼女が2013年頃、短時間勤務でそういう扱いを受けながらも、どんどんいい仕事をして役職を上げていったので、「これはおかしいぞ」と。これだけ短時間でも仕事ができる人に、給料を制限するのは間違っていると気づいたんです。「働く時間とワークに対する想いは関係ない!」と。それからは時間にとらわれた古い考え方を捨てて、彼女の評価を見直しました。

小室 中根さんが身を張ったということですよね。それってすごい。中根さん、よくめげなかったですね。働き方改革の第一段階ステージから、2013年のこのことをきっかけに、さらに次のステージに進んだんですね。

青野 そうです。彼女のお蔭なんです。中根さんがいなかったら、いまだに格好悪い偏見を持っていたかもしれないですね。