「仮設住宅の周囲には、草が生えてきた。草むしりでもしないと、身体がダメになっちゃうよ」

 すると、本人は草むしりを始めた。

 その仮設住宅には、いつも怒っている有名なクレーマーのおじさんがいた。彼は、自分の家の玄関の近くに、草がまとめて置いてあるのを発見。「誰だ!ここに草を置いたのは」と、委託業者にキレた。委託業者は「実は、引きこもっている子が、やっと外に出られるようになって、草をむしってくれたんです」と説明した。

 ちょうど七夕の頃だった。クレーマーのおじさんは、短冊に「私は優しい人間になりたい」と書いて、管理人の元に持ってきたという。引きこもっていた人が、クレーマーのおじさんを変えてしまったのだ。

 話を戻して、若島氏がこう解説する。

「キレやすいおじさんは、いつも自分が被害を受ける弱い存在だったんです。だから、文句だけ言っていればよかった。ところが、自分よりも弱い人間がいることに直面したんですね。その瞬間、変化が起きたのです」

ただコミュニケーションするだけでは
引きこもり問題は解決できない

 きっかけというのは、家族、あるいは社会の中で、コミュニケーションが取れたということだ。しかし、コミュニケーションの量が増えたから、良くなるという話ではない。そのときに、家族や社会の中で、役割やルールが変わらなければいけないという。

「引きこもりや不登校のケースで、家族の会話を増やすことをよくやりますが、それだけではシステムは変わらない。与える側と与えられる側のルールを換えることこそ、変化にとても関係があるのです」

 震災によって、家族のコミュニケーションが増えた。しかし、それはルールを換えるための手段でしかない。そのチャンスを生かして、ルールを換えられたかどうかが、本当の変化を起こすためのターニングポイントになったという事例は、引きこもりや震災の問題にとどまらず、応用が効きそうで、大変興味深い。

 こうした震災後に起こった事例については、下記記載の10月16日のチャリティーイベントでも、詳しく取り上げるつもりだが、当日は、仙台市で引きこもり支援を続けている社会福祉法人「わたげ福祉会」の家族会からも、2人の母親がそれぞれの事例を報告する。また、当連載でも引き続き、今回のテーマについて紹介していきたい。

拙書『ふたたび、ここから―東日本大震災・石巻の人たちの50日間』(ポプラ社)が発売中。石巻市街から牡鹿半島の漁村まで。変わり果てた被災地を巡り、人々から託された「命の言葉」をつづるノンフィクションです。ぜひご一読ください。