「ご夫婦でお店に遊びに来てくださる“夫婦指名”や、家族で来てくれる“家族指名”をいただくようなホストでしたね」(寺田)。

 一方で、店の裏では寺田の存在を疑問視する声も多かった。当時、同じ店のホストとして働いていた桜氏は、「クララへの反感の声もありました。『なんで新人なのに掃除もせずに帰るのか。車イスだからって特別待遇がすぎる』なんていう声も」と明かす。

 当時のことを寺田はこう振り返る。「車イスに乗ったことで『なんでもできる』って思っていたんです。マリオがスターをとって無敵になるような感覚。留学して、芸人やって。それに車イスのホストがいるっていうことは、『店側にとっても話題になるし、多少甘えてもいいかな』って思っていた。本当にダメなやつですよね(苦笑)」。

「トライ・アンド・エラー」ではなく
「トライ・アンド・エラー・エラー・エラー」

 寺田が、店の裏側の出来事に気づくのは後のことだった。店の代表ホストが一人ひとりに理解してもらうよう必死に説得してくれていたという話を聞いたのだ。

「自分には、活躍できる居場所を作ってもらえたという感謝の気持ちがなかったんですね」

 偶然入ったホストクラブという世界に作ってもらった自分の居場所。それらをいつしか「当たり前」と思っていた自分がいた。ならば「この居場所を自分で大切にしないといけない」と思うようになったという。

 ホストを引退後も、恩返しを果たすまではと、ホストクラブの運営会社であるSmappa!のオフィスメンバーとして席を残している。

 再び見える世界が変わった。「今までは“マス思考”でした。車イスに乗って目立つところに出て、目立つことをすれば僕や車イスに対する見方も変わると。でもそうではなかった。大事なのは、目の前の人たちと向き合って“伝える”こと。一人ひとりの見方を変えればいずれ車イスに対する見方も変わるはず」と語る。