週刊ダイヤモンド11月18日号の特集は「右派×左派 ねじれで読み解く企業・経済・政治・大学」。保守とリベラルの対決が鮮明となった衆院選が終わってもなお、「右派・左派」「保守・リベラル」などイデオロギーにかかわる議論が続いている。この状態を過激派はどう見ているのか。極左暴力集団の一つ、「中核派」の斎藤郁真・全学連委員長へのインタビュー全5回のうち、今回は第2弾をお届けする。(「週刊ダイヤモンド」編集部 土本匡孝)
――中核派に話を戻します。中核派のイメージは変わってきたと思いますか。
中核派全学連委員長。1988年生まれ、29歳。2007年、法政大学法学部入学。10年、退学処分。11年、全日本学生自治会総連合(中核派全学連)委員長就任。17年、衆院選に東京8区(杉並区)から出馬し、2931票獲得。
世代によって違うかなとは思う。80年代、90年代……。僕らが内ゲバを否定していたら違うのかもしれませんが、僕らはあれはやるべき闘いだったというふうに今でも思っている。そういう意味では否定はしていない。
内ゲバというのは権力が作った言葉です。それを他のすべての人が受け入れただけ。僕らはあくまで革マル派との「戦争」。当時、革マルが大衆的な運動では中核派に勝てないから「中核派は全員殺しちゃえ」となった。破防法で中核派が動きにくくなっている時期に、という論文も出したりして。職場で一人、二人の中核派のうちに襲うとか。それに対してどうするの、というときに、いったん勝負をしなければいけないという党の判断があった。
じゃあ、当時、他にどんな判断があったんですか。おとなしく殺されればよかったんですかと。外から見たあなたたちの考えはそうかもしれないが、中にいる私たちの判断はそうですよと。
――対革マル派と最近は内ゲバないですよね。
あちらがやらなくなったら、こちらもやる必要はないと。革マル派の殲滅に向かって最後はいきますけど、解放社(編集部注:革マル派の拠点)に乗り込んでウオーとか、それはないですから(笑)。
内ゲバを否定はしていないが、それだけで革命が起きるとは思っていない。労働運動とか学生運動とか、現場にいる人間の主体性を引き上げていくと言いますか、爆発させていく。その中で日常が変わり、革命が起きるというのが基本的な考え方。