茂永氏の遺書は
企業の怪文書に似ている

 もしそのようなことが続くようならば、富岡八幡宮の境内に茂永氏の怒りを鎮めるような碑、あるいは社も設けられるかもしれない。

 それは裏を返せば、茂永氏が、菅原道真公や全国の御霊神社のように、「神」になるということである。富岡家や長子氏についている方からすれば、まさに「悪夢」と呼ぶにふさわしい展開だろう。

 先ほど、行くも地獄、引くも地獄という非常に巧妙な「トラップ」だと評した理由がお分かりいただけただろうか。

 この極めて完成度の高い「復讐シナリオ」が織り込められた「遺書」を見ているうちに、企業内でバラまかれる「怪文書」とよく似ていることに気づいた。仕事柄、いろいろな怪文書を目にするのだが、「敵」に向けられる激しい誹謗中傷、そして自分の主張こそが正しく、これが通らなければ死んでも死にきれないという強い思いは、茂永氏の筆致とそれほど変わらない。

 確かに、内部告発などをして企業に「災い」をなす人の多くは、社内の権力闘争に敗れるなど、何かしらの恨みを抱いている人が圧倒的に多い。みなさんも、そのような「復讐劇」をよく耳にすることだろう。

 たとえば、インサイダーによる調査報道に定評のある会員制情報誌「FACTA」が、日産の検査不正問題は、社内の品質保証関連部署の人員などが「西川降ろし」を画策してリークを行ったと報じている。

 無論、日産側はリークを否定しているが、話としては妙な説得力がある。

 同関連部署は、カルロス・ゴーン前社長が2000年頃に「血の流れる改革」を行った際、もっとも人員を減らされたということで、不満の声が多く上がっていたという。そのような部署の一部の人が「怨霊」となって、数十年前から現場で続いていた「社内ルール」を「不正」として発掘し、ゴーン前会長の懐刀である西川社長に「祟り」をなす、というのは極めて日本的な復讐劇で、いかにも「ありそう」である。