もっとも、石塚社長が重大視するのは、むしろ利益の落ち込みの方だろう。16年度に、日揮は220億円の最終赤字に陥った。赤字転落は、なんと19年ぶりのこと。主因はエンジニアリング事業におけるトラブルの発生にあった。

 例えば、米国の石油化学プロジェクトだ。米国では過去長きにわたって石油化学プラントの新設がなく、米国の労働者にとって同プラントは不慣れな工事だった。にもかかわらず洪水が発生し、工事の順序を変えなければならなくなって現場が混乱。約300億円の営業利益が吹き飛んだ。

 クウェートの石油精製プラントでは、労働者に対するビザがなかなか発給されなかった上、業績悪化により労働者の給料を遅配した現地の建設会社を変更する羽目に陥った。さらに既存設備の改造工事では、事前情報にない埋設物が次々と見つかった。そのため、結局、クウェート案件でも約150億円の営業利益が失われた。

 日揮は赤字転落を機に、同社を退社してもなお、建設現場の責任者として一目置かれていた石塚氏を社長に迎えた。その石塚社長が端的に表現した日揮の課題が、「タガが緩んだ」という冒頭の言葉に集約されている。

 要するに、プロジェクト全体を俯瞰してみて、起こり得るリスクに先回りして対処する力が欠如していた。この数年で参画するプロジェクトが大型化し、一人のプロジェクトマネジャーが案件全体を仕切ることがなくなったのが原因だと、同社は分析する。

手元資金が潤沢なのに社債を発行した訳

 ところで、プロジェクトの大型化は、日揮にもう一つの「約20年ぶり」をもたらした。17年10月、22年ぶりに社債を発行し、合計500億円を調達したのだ。

 この社債発行は、異様にも映る。日揮の16年度の手元資金は1856億円。エンジニアリング会社の適正な手元資金とされる「売上高の約3カ月分」(広瀬部長)からしても、必要十分な金額だからだ(図(3))。ではなぜ、社債を発行する必要があったのか。