社会的アイデンティティを
強化する国vs国の戦い

 もちろん、一流大学や有名大学に入れるのだから、実際に高い実力がある可能性は大きいが、新入社員や入学直後では、まだ自分の実力は証明できていない。にもかかわらず、所属先が世間から「一流」と思われていることだけで、偉くなったような気になってしまうのは、社会的アイデンティティのせいである。

 オリンピックは、国vs国の戦いの場だ。ここでいう「戦い」とは、どちらかが勝てばどちらかが負けるという「ゼロサムゲーム型」の関係をいう。ビジネスのようなWin-winの状況はない。つまり、相手は仮想的ながら「敵」なのだ。

 社会的アイデンティティが強くなるのは、このように「敵」が現れたときだ。2001年に911テロ事件が起こり、首謀者がビンラディン率いるイスラム過激派と分かった時、当時のブッシュ大統領は強い調子で、彼らへの報復を宣言した。その時、低迷していた支持率は一時95%以上にまで跳ね上がった。

 本来、個人の持つ社会的アイデンティティは多様だ。「社会的」という部分は、自分の所属している集団を意味するが、1人の人は多くの集団に属しているからだ。

 日本人であると同時に、自分の働く会社組織にも属しているし、男性や女性というカテゴリーもあれば、○○県人のような出身地、○○ファンなど趣味嗜好の同じグループなど、人はさまざまな集団に属している。

 そして、どの社会的アイデンティティが強くなるかは、その時々の、置かれた状況によって変わる。高校野球を見ている人は、日本人としてではなく、出身県民としてのアイデンティティが強いだろう。

 オリンピックでは、当然ながらそのアイデンティティは「国」になる。他のどんな社会的アイデンティティを持っていようと、「国と国が戦う場」では、国家アイデンティティが強くなるのは当然だ。