あの「グリコ・森永事件」を“これぞ真相か?”と思わせる迫真の筆致で小説化した『罪の声』(講談社)で、山田風太郎賞を受賞したほか、「週刊文春」ミステリーベスト10国内部門第1位、2017年本屋大賞第3位などを獲得した塩田武士氏。この作品に続いて書き上げた『騙し絵の牙』(KADOKAWA)も、2018年本屋大賞にノミネートされるなど話題を呼んでいる。“廃刊の危機”にさらされる雑誌編集長である主人公に、人気俳優・大泉洋氏を“あて書き”するという斬新な手法にも興味を惹かれるが、出版業界を舞台に、さまざまなビジネスパーソンの生き様を深い視点で描いた“ビジネス小説”としても実に面白い。その観点から、塩田氏に小説にこめた「真意」を聞いた。(聞き手・構成/ダイヤモンド社 書籍編集局 田中 泰)
すべてのビジネスパーソンにとって
切実なテーマ設定
――『騙し絵の牙』、とても面白く読ませていただきました。主人公の速水輝也の人物像がとにかく魅力的で、しかも「超」の字がつく凄腕編集者。私も編集者の端くれなので、速水とのあまりの力量の差に傷つきながら読みました(笑)。
定価1728円 KADOKAWA刊
塩田武士さん(以下、塩田) あくまで小説ですが……(笑)。でも、それがリアリティのある小説だという意味であれば、とても嬉しいですね。私は「社会派」の小説をめざしていますから、リアリズムには徹底的にこだわっています。出版業界の人に「面白いけど痛い」と思ってもらえるだけのリアリティをもたせることは、今回の本を書くうえで至上命題だったんです。
そのために、出版業界の方々とお会いして、「本のための取材だ」ということを明かさずに、本音を聞き出して、それをそのまま書くという“悪行”もやりました。相手が気を抜いているときに漏らした重要な情報をパッと取っていく(笑)。
もちろん、ご本人に迷惑のかからないように配慮しましたが、そこまでやらないとリアリティのある面白いものにはできません。たとえ何かを言われたとしても、リアリティを生み出すためにやれることは何でもやる、という思いでこの本を書きました。
――なるほど。たしかに、出版業界の現状や問題点も赤裸々に描かれていて、読んでいて痛かったです。
塩田 そう言っていただけると嬉しいですね。“悪行”の甲斐があった(笑)。
――簡単に言えば、ネットの台頭によって読者の消費行動が変わり、雑誌や書籍の売上が減っている。特に、雑誌は深刻。その結果、経営が苦しくなった出版社は赤字の雑誌をつぶさざるを得なくなっているが、その後、どうするかがはっきりと見えない。その大状況のなかで、雑誌編集長を務める主人公・速水がどう生きるのか。これが、本書の大枠の設定ですね。
塩田 そうですね。ただ、さらに俯瞰してみれば、ネットがあらゆる業界に劇的な変化をもたらしているのが現状です。この変化への対応を迫られない業界はないのではないでしょうか? その意味では、本書は出版業界を舞台にした小説ですが、テーマそのものは現代を生きるビジネスパーソンにとって普遍的なものだと思います。