「芸能人を志望する庶民」の犠牲の上に
「既存の芸能人」と「金持ちの子」が繁栄

 こうした結果、問題となるのは、誰も新人の発掘や育成、売り出しなどをしなくなるという点だ。これは、タレント志望者にとって悲劇である。法の趣旨である「タレントを守る」という趣旨が、逆にタレント(志望者)を苦しめることになるのだ。

「契約書に20年間の移籍禁止条項があっても契約したい」と思う若者だって少なくないはずだ。芸能界の華やかさに憧れる若者も多いだろうし、「20年経てば独立して大いに稼げる」ことを夢見る若者も多いはずだからだ。そうした若者の夢を、法が奪ってしまっていいのだろうか。

 一方で、既存の芸能人は我が世の春を謳歌することになる。というのも、全ての事務所が新人の発掘をやめると、芸能界に新人が供給されなくなる。そうした新人が出てこない「寡占状態」の中で、各事務所からの引き抜き合戦が起きれば、ギャラが釣り上がって行くからだ。

 ただ、金持ちの家に育った子どもだけは、芸能事務所に1000万円でも払って訓練し、宣伝してもらうことができる。たとえ、その子がタレントに向いていなくても、ライバルがいないので容易に人気者になれるかもしれない。

 つまり、法は、当初の趣旨とは異なり、「芸能人を志望する庶民」の犠牲の上に「既存の芸能人」と「芸能人を志望する金持ちの子」の繁栄をもたらすことになりかねないわけだ。筆者はこれを“悪法”と呼びたいのだが、いかがだろうか。