冴えない社長が
「売上100倍」を達成した秘密
その日の主役は「いやあ、不景気ですねえ」が口癖だった冴えない通販会社の社長、猿渡誠だった。
久しぶりに会ったのだが、その容姿が見違えるように変わっていたのだ。アルマーニのスーツに身を包み、心なしか顔つきも精悍になっている。
歯茎がむき出しになる下品な笑い方やタバコの匂いなど、華恵にとって生理的に受け付けない要素は変わっていないものの、猿渡に自信がみなぎっているのは、見るからに間違いなかった。
周りが口々に「最近は景気がいいみたいですねえ」と声を掛けると、猿渡はこう言った。
「実は凄腕のコンサルタントに会社の改革をお願いしたんですわ。そしたら売上が100倍に上がって、もう楽しいのなんの」
売上が100倍―Hanaをオープンしてからというもの、売上は下がる一方で、常に資金繰りに苦労していた華恵にとって、「100倍」という響きはあまりにも魅力的だった。
「100倍!?本当なんですか?その凄腕のコンサルタントって一体どなたなんですか?」
「遠山の金さんならぬ『遠山桜子』さんという人ですよ。珍しく女性の経営コンサルタントなんです。必ず売上が上がるという評判通りの、とにっかく頭のキレる人なんですわ。いくつもの会社を危機から救い、まるで魔法のように売上1億円を軽く超えさせちゃうんだから、驚くのなんのって。良かったら藤堂さんもお願いしたらどうですか?不景気なんて関係ないですよ。ぜぇったいに後悔しませんから」
ガハハと豪快に笑う猿渡に合わせて冗談ぽく笑う華恵だったが、内心はとても笑顔になれる状況にはなかった。
そんなにすごいのであれば、頼めるものなら頼みたい。しかし、多分高額であろうコンサル費用が出せるほどの余裕は今の自分にはとてもない。そんな華恵の心情を悟ったのか、猿渡がニヤリと笑った。
「藤堂さん、私が助けてあげましょうか」
「……え?」
「いやね、私、あなたのように働く女性を応援したいと前から思てたんですわ。まあ、藤堂さんさえ良ければ、ですけど、ね?」
顔をのぞき込んできた猿渡の口の奥で、銀歯がいやらしく光る。
「いえ、大変ありがたいお話なんですけど……その……いいんでしょうか。私、応援されるほど立派な経営者じゃないと思うんですけど……」
華恵のワイングラスを持つ右手にぐっと力が入る。
「遠慮しなさんな。困っている時はお互い様じゃあないですか。存分に頼ってくださいよ。じゃあ、さっそく遠山の桜子さんに連絡しておきますから。なに、心配いりませんよ。任せなさい」
ポンポン、と肩をさわられると思わず鳥肌が立ちそうになる。
「あ、ありがとうございます」
華恵だってもういい大人だ。猿渡の下心を、感じないわけがなかった。それでも、藁にもすがる思いだったのだ。
Hanaを潰すわけにはいかない―。
華恵は今でもありありと思い出せる猿渡の、あのにやけた顔を頭からふりきるように、決算書を抱えて会議室へと足を速めた。
遠山桜子[とおやま・さくらこ](45歳)「すぐに売上1億円を達成させる」敏腕コンサルタント
「儲けるなんて簡単よ」が口癖。数々の企業にビジネスモデル(儲かる仕組み)構築の重要性を説いている。類まれな分析力とアイディアの持ち主で、三度の飯よりビジネスが好きというほどの自称ビジネスオタク。隙のない風貌から、近寄りがたい雰囲気を醸し出しているが、実は愛情深く、人を喜ばせることが好き。
藤堂華恵[とうどう・はなえ](40歳)漢方・整体サロンHanaオーナー
不妊で悩む女性を助けたい一心で、女性の悩みに応える漢方・整体サロンを横浜で2店舗経営。元ミスキャンパスだった美貌を生かし、自らが宣伝広告塔となり雑誌やチラシで集客はできているものの、儲かってはいない。年商6000万円。