実際、2015年度の当期純利益が200万円の黒字だったV・ファーレンは、2016年度には一転して1億3800万円の大幅かつ不可解な赤字を計上。経営問題が表面化する中で、決して少なくない数の内部告発がJリーグ側に寄せられるようにもなっていた。

 Jリーグは旧経営陣に自浄を促したが、プロセスがおぼつかなかったこともあり、2017年1月から直接介入することを決定。そして、2月に入った段階で、池ノ上俊一社長をはじめとする常勤役員全員が辞任する緊急事態に発展。激震に見舞われた中でシーズンの開幕に臨んだ。

 最悪の場合、Jリーグの舞台で戦う上で必須となるクラブライセンスを剥奪されかねない。クラブ存亡の危機に直面した状況で、2009年から筆頭株主を務めてきたジャパネットホールディングス(本社・長崎県佐世保市)が、V・ファーレンを100%子会社化する意向を表明する。

 そして、通信販売大手ジャパネットたかたの創業者で、2015年を最後に経営の第一線から退いていた高田氏が、周囲から乞われる形で昨年4月25日に代表取締役社長に就任した。

Jクラブ経営も「まったく違いはありません」

 37歳だった1986年1月に創業した前身の株式会社たかたを、地道な努力と奇抜なアイデアを積み重ねることで、2010年には約1789億円もの売上高を記録するまでに成長させた。実業家として刻んできた軌跡と、まったくの異分野であるJクラブの経営は「まったく違いはありません」と笑う。

「目指すところというか理念は、お客さんに喜んでいただく、ということですから。どんな業種でもお客さんに支持されてのもの。だからこそ、僕はサッカーを引き受けようと思いました。不安を感じていたら、まったくサッカーを知らない僕がビジネスの世界から来るわけがありません」

 長崎県民の夢を潰したくない、地方創生につながる芽を絶やしたくない――こうした思いに駆られていた高田社長は、この時すでに『一戦一生』に近い決意を抱いていたのだろう。

 改革するならばスピード感を伴って、という信念のもと、スポンサーや株主の理解を得た上で完全子会社化を完了。累積赤字が3億円を超えるなど、旧経営陣のもとで倒産寸前の状況に陥っていたV・ファーレンの再建に走り出す。

「あれだけの赤字があった中で、改善するべきところは山ほどありますし、もちろん一度ではできません。まだ1年もたっていませんし、道半ばくらいじゃないでしょうか」

 経営再建はいまだ現在進行形で、困難を伴うことも少なくない。例えば昨年7月には、旧経営陣がリーグ戦における有料入場者数を水増し発表していたとして、始末書によるけん責と制裁金300万円からなる処分をJリーグから科されている。