「今朝のしーちゃん。少し元気になってきたようで安心。治ちゃんがいないと落ち着かないようで、家の中を探しているよ」

 妻は犬の「背伸びしている」写真を添付し、犬の様子を書いたメールを送ってくるようになったのです。治さんが離婚を切り出してから、会社で働いているときにも、同僚や友人と飲んでいるときにも、時と場所を選ばず、毎日何回も……。飼い犬への愛情をかき立て、結婚生活の「良かった部分」だけを思い出させ、治さんに離婚を翻意させるための作戦だということは明らかでした。

「私だってしーちゃんと暮らしたい」
自室に引きこもり、やりとりはメールだけ

「今朝のしーちゃん。かけっこしていた」「今朝のしーちゃん。布団の上で日向ぼっこ。それからホットカーペットの上」――。

 そんなふうにスマホに妻からのメールが届くようになり、治さんはますます頭を抱えることに。

 治さんは意を決して「しーちゃんは僕が引き取るよ。だって今までも僕が世話してきただろう」と伝えたのですが、妻は何食わぬ顔で「私だってしーちゃんと暮らしたい」と食ってかかってきたのです。

 一度「離婚」という二文字を使うと、そのことによって生じた夫婦間の溝を埋めるのは相当に難しく、お互いに疑心暗鬼に陥り、信頼関係を失って会話もままならないという状況になってしまいがち。だからこそ、最終的には離婚が避けられなくなるものです。

 ところが結局、治さんと妻はお互いになるべく顔を合わせないよう自室に引きこもるという家庭内別居の状態に突入し、離婚の話し合いは完全な膠着状態に陥りました。食事や風呂、外出などの時間をずらすのは当然。さらに相手とすれ違いそうな共用スペース(リビングや洗面所、玄関)などに立ち入る場合、相手がいないことを前もって確認する念の入れようです。

 まだ夫婦なのに何の会話もなく、一切連絡をとらず、全く顔を合わせることもない殺伐とした空気に家は包まれました。妻の方は妻の方で、治さんが突然、「離婚のこと、犬のことはどうするんだ!」と話しかけてくるのではないかという恐怖心に苛まれ、部屋に引きこもっていたのかもしれません。