新幹線内で震災を知り
大量の寝具とともに帰還

 2011年3月11日、山本氏は東海道新幹線の車中で、大震災の発生を知った。大気汚染物質関連の研究が米国の学会で高く評価され、『最先端の基礎科学賞』を授与された翌々日。帰国した足で京都大学に向かい、講演を済ませた帰り道だった。

「京大を出たのは昼頃でしたが、震災の影響で新幹線はなかなか動かず、最終的に東京駅に着いたのは夜の10時過ぎでした。駅の周辺はものすごい数の帰宅難民で、あふれかえっていました。

 機中泊からの京大講演と長時間の移動でフラフラでしたが、当時、私は東北大医学部の部長兼副学長でしたので、日本橋口にある東北大の出先機関に直行しました。一息ついて、大学関係者でいっぱいの室内で雑魚寝していると、深夜になってようやく東北大と電話がつながりました。

『寒い、雪が降っています。崩壊の危険があり、建物には入れない。ものすごい被害です』

 現地の様子を聞き、もう一瞬でも早く帰りたいと思いました。気持ちはみんな一緒です。

『布団を持って帰ろう』という話になり、貸布団会社に電話して、あるだけの布団、4tトラック、運転手を借りて、翌日の土曜日の夕方に準備が整い、赤羽の倉庫を出発しました。途中、検問があり、「自衛隊か災害支援の車しか通さない」と止められましたが、「私は東北大学の医学部部長です。救援物質を積んでいます」と交渉し、その場で、1ヵ月有効の通行許可証をもらい、なんとか仙台にたどり着きました」

 倒れた電柱、ひび割れてぐにゃぐにゃになった道路、信号も照明も消えた街で、山本氏らは東北大学に設けられた3ヵ所の避難所に布団や毛布を配って回った。