料理は人々のニーズに
応じて変化していくべきもの

 例えば日本にもともとあった野菜はわずか8種類だったという。いま日本料理で使われている野菜のほとんどは、もともと外来種なのだ。醤油は戦国時代の終わりまで使われていなかったし、握り寿司もウナギのかば焼きも、麺料理としてのそばも江戸時代からのものだ。

 つまり日本食は、新しい食材や調味料に合わせて常に工夫されて変化してきたフュージョン料理と言った方が正しいのだ。

 考えてみれば、フランスで1970年代から起こったヌーベルキュイジーヌの潮流は、和食にインスパイアされたものだった。それまで、非常に複雑なレシピで、濃厚なソース料理が主流だったフランス料理が、よりシンプルで素材を重視し、かつ盛り付けにも凝った料理に変わったのは、和食による影響が大きいと言われている。

 その背景には、流通の発達によって、新鮮な食材が手に入りやすくなったという経済的変化や、人々がより健康志向になってきたという文化的な変化がある。料理もそういうニーズに合わせて変化していくのだ。伝統的な料理であっても、常に、新しいものに触れ、進化し、発展している。

 高橋氏は、和食も変化を遂げるものであることを知っている。木乃婦では、京料理の伝統を守る一方でワインにあうコース料理を開発しているのも、そういった考えに基づくものだろう。

 外国に住んでいると「なんちゃって日本食」に出合うことが多い。アメリカで日本食レストランに入った時、天ぷらの衣にベーキングパウダーを使っていた。お陰で、出てきた天ぷらは油ベトベトの分厚い衣で覆われたもので、到底「天ぷら」と呼べるものではなかった。

 クアラルンプールでも和食屋で「さつま揚げ」を頼んだら、サツマイモの揚げ物が出てきたことがあった。そしてそういう店は大抵、日本人ではない人々が経営している。

 そういうものは論外だが、だからといって、日本で作られている「本物の和食」を他国に押し付けるものではないと筆者は考える。関東と関西でだしの味が違うように、その土地によって、人々が好む味は変わる。